vol.34 楽器を置いてしまった貴方へのメッセージ 《あの日に・・・・ 》 第3話・完2012年8月23日

短編小説 楽器を置いてしまった貴方へのメッセージ 《あの日に・・・・》 第3話・完

(前回までのあらすじ)  (≫第1話 ≫第2話
仕事をクビになった主人公・博志は、学生時代に情熱を傾けたトロンボーンや、
お気に入りだった「ムーンライト・セレナーデ」のことを思い出す。
帰り道、いつもと違う路地を歩く博志が出会ったのは、
「せせらぎコンサート」のポスターと、音楽が聞こえてくる練習スタジオだった。
博志は、久しぶりに押し入れの奥からトロンボーンを取り出し、一人涙するのだった。

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「それでは 赤川博志さん。明日から勤務して 頂きます」

博志は再就職が決まった。
軽自動車に軽油を給油してから 1ヶ月が経っていた。

博志は 就職が決まった事で 気分が落ち着いたのか 町へ出て食事をした。
食事を終えて 町一番のショッピング センターで買い物をしていると
どこからか 音楽が聞こえてきた。
博志は その方向へ足を向け 辿り着いたのは
ショッピング センターの 多目的広場だった。

そこでは 近くの大学のバンドが 演奏を繰り広げている。
博志は 一つだけ空いてる席に腰を下ろした。
今 演奏されているのはベニー グッドマンのレッツ ダンス。
クラリネット奏者が フロントに出てソロを吹きだした。
博志は思わず 昔の自分と照らし合わせている。
自然と勝手に身体が動き スウィングしている自分がいた。
レッツ ダンスの演奏が終わると
クラリネット奏者が 買い物客の聴衆に向かって 挨拶をしている。
博志も そのクラリネットに拍手を送った。
それから デュークエリントンのA列車で行こう の演奏が終わって
司会者が次の曲を紹介した。

ムーンライト セレナーデだ。

演奏が始まると アルト サックスが 気持ちのいい ビブラートをかけながら
演奏している。博志は羨望の眼差しで見つめていた。

博志は立ち上がり その場を 後にした。

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「確か あのポスター。団員募集って書いて あったよな」

博志は もう封印してしまった 楽器を取り出し 各部分のチェックをした。
「何年も吹いてないからな。あの楽器屋 今でもやってるかなぁ。
もう 20年だからな」

博志は 楽器を片手に電車に乗り 大学時代に通った楽器屋へ出掛けた。
1時間半 電車に揺られた。

博志が 駅を出ると 町は変わっていた。

「やっぱり もう あの楽器屋 無いよな。もう20年だからな。
あの 定食屋も あのアパートも無くなってるんだ。
あの定食屋の おばちゃん いつもコロッケ2つ サービスして貰ってさ
優しい おばちゃんだったよな。でも おばちゃん 心臓が悪いって 言ったから・・・・」

博志は 駅前からバスに乗った。
バスは心地好く揺れていて いかにも田舎のバスだ。
都会から払い下げになった 型の古い大きなバスには
たった5人の乗客と もう定年間近だろう運転手だけだ。
博志も その乗客の一人だった。
バスの運賃250円を運賃箱に入れると
箱の中で動いているベルトが 250円を 飲み込んだ。

「あ〜 やっと着いたよ ホント 疲れちゃった」

博志が言うと 古いバスは黒い煙りを 撒き散らしながら ゆっくり走り出した。
楽器屋は ここから少し歩いた 道路沿いにある。

博志は 通い慣れた道を歩いた。楽器屋だけは 20年前と同じだった。

「ごめんくださ〜い!」
博志が言うと 奥から初老の男性が現れた。
ロマンスグレーの素敵な髪型でオシャレなのは20年前と変わっていなかった。

「お久しぶりです。スウィート スイングスの赤川です」
博志が満面の 笑顔で言った。
初老の男性は「よく 来てくれたね!」と言い 博志を招き入れた。

博志と 初老の男性は1時間程 語り合った。
「楽しそうなバンド見つけちゃったんです。 20年振りに バンドやろうと思って・・・・・」

博志は 初老の男性がメンテナンスした楽器を片手に
丁重な挨拶をし バスに乗り込んだ。
そして 型の古いバスは 再び黒い煙りを撒き散らした。
博志はバスの後ろの席からロマンスグレーの男性に手を振りながら
何度も何度もお辞儀をした。

ところがバスの黒い煙りで男性が見えなくなってしまった。

その時 風が吹いた。
古いバスが 撒き散らした黒い煙りは 一瞬にして無くなってしまい
再び 男性が博志の目に飛び込んできた。
ロマンスグレーの髪が バスの黒い煙りで黒くなっていた。

博志の目には 初老の男性が若く見えた。

「逆浦島太郎現象だ」博志は笑った。(^O^)

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博志は あのポスターの玄関先にいた。

「確か 今日 金曜日が練習日だったよな。
でも こういうのって 前もって連絡しなきゃダメなんじゃなかったっけな。
でもさぁ なんかさぁ緊張するよな」

博志は しっかりメンテナンスされた楽器を 握りしめていた。

「でもさぁ 入団断られたら どうしようか。
やっぱり 止めようかな。緊張するなぁ」

博志は ポスターの玄関先に膝まづいた。
そして どうしようか どうしようか とブツブツ呟いている。
すると そこに 以前の女性が通り掛かった。
再び 女性は博志を変質者だと思い 走って逃げて行ってしまった。
そんな事とは知らず 博志は
「いや でも また あの日のように ステージに上がるんだ!」と言い
ふらっと立ち上がり ポスターのドアーを開けた。

すると 初めて来た時とは違っていた。
ベンチに座り目の前には ポスターではなく 下駄箱だった。
そして 辺りを見回した博志は 右側にドアーを発見した。

「あっ!このドアーを開ければ・・・。あの音楽の主が 練習してるんだ」

博志は緊張した。
心臓がドキドキ。爆発して今にも 口から飛び出しそうだ。

博志は目を閉じて 思い切りドアーを開けた。
そして 博志は自分の目も開けた。

博志は脱力感に浸り 苦笑いをした。そこは トイレだったf^_^;

博志は 用を足し 仕切り直すと 地階への階段を降りた。
またドアーが あり そこには なんじゃ こりゃー!の ポスターが。
博志は ゆっくりと目を閉じた。 そして 今度は 静かに それを開けた。

『ようこそ! 吹奏楽団せせらぎ へ!!!』 と女性の声がした。

博志は ゆっくりと目を開けた。
すると 団員一同 全員が 博志に向かって立っているのが 目に飛び込んだ。
女性の声に 間髪を置かず 指揮者であろう 男性がタクトで合図を送った。
その瞬間 老若男女 団員全員の声がした。

《ようこそ 吹奏楽団せせらぎへ》\^o^/

スタジオには音楽が 流れていた。

青い三角定規の『太陽がくれた季節』だった。 完

トロンボーン赤川博志じゃなかった。 中川仁志 f^_^;