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クリント・イーストウッド監督・主演の『許されざる者』。
いつか観たいと思っていた映画だが、
まだ観ていない。
その日本版が公開された。
舞台は明治初期の北海道に移されている。
李相日監督・渡辺謙主演。
日本映画界最高のスタッフ・キャストで臨んだ大作といっていいだろう。
先に原作を観てからにしようかとも思ったが、
待ちきれずに日本版を観に行った。
今年、私が最も楽しみにしている映画の一つだからだ。
李相日監督の作品は、
これまで2本観ている。
『フラガール』(2006)と『悪人』(2010)だ。
『許されざる者』と『悪人』には、
似た問題提起があると思った。
『許されざる者』では、
まず間違いなく渡辺謙の役が「許されざる者」なのだが、
警察署長役の佐藤浩市も、
渡辺謙の理解者を演じる柄本明も、
誰も彼もが「許されざる者」ではないのか?
『悪人』では、
満島ひかりを殺して追われる妻夫木聡は「悪人」だが、
満島ひかりを山中に放置した岡田将生こそが真の「悪人」ではないのか?
『許されざる者』も『悪人』も、
観た後の爽快感なんてものからは程遠いが、
印象がズシリと胸に残る傑作であった。
一方、『フラガール』はスカッとする映画だった。
だが、この映画では、李相日監督のまた違った「ゆらぎ」感があったように思う。
主演はフラの先生役の松雪泰子なのだが、
フラガールのうちの一人・蒼井優が主役を完全に食っていた(と私は思う)。
「誰が主役なの?」感である。
『フラガール』のラストシーンは、
蒼井優の圧巻のソロ・ダンス。
その様子を松雪泰子先生は舞台袖から見つめ、
大きな拍車を送っていた…
7月16日(月)未明。
あまりの風雨のうるささに目が覚め、
7月15日(日)昼間の無聊を慰めるために
映画『お葬式』を観て過ごしたことを書いたのでした。
なおも風雨は激しくなるばかり。
台風の状況を調べようと思ってテレビをつけたら、
京都・滋賀・福井に特別警報 [ 大雨 ] が発令されたとのこと。
今年の8月に気象庁が運用を始めたばかりだというのに、
あっけなく9月に発令されるとは!
命が危険に晒されるかもしれない時に出るのが特別警報だと聞いていたので、
これはヤバイことになっているなと思いました。
明るくなって映像の情報がどんどん集まりだして、
被害の大きさに愕然としました。
被災された皆さまには、
心よりお見舞い申し上げます。
お昼前。
まだ時おり雨はぱらつくし、
時々ビューっと強い風が吹いたりはしますが、
上京区はそろそろ台風の影響下から抜け出た感じ。
そこで賀茂川の様子を見に行きました。
もしも賀茂川の堤防が決壊したら、
京都市内全域を水浸しにする大災害となる可能性があります。
(賀茂川=賀茂大橋(今出川通り)より上流。
賀茂大橋近辺で高野川と合流し、「鴨川」となる。
淀川水系の中でもかなり上流に位置する。
賀茂川=今出川以北で決壊した場合の浸水地域の広さは、
あまり考えたくない広さになると思われる)
幸い、現在の堤防が切れたことはありませんが、
もし切れたらどうなるのか?
そんな状況を想像せざるを得ない川の様子の一片を報告したいと思います。
※※※
写真は出雲路橋を少し下がった(南へ行った)あたり。
増水して川幅が広く、
河川敷の足元まで水位がある感じでした。

もう少し下がって、写真は葵橋と出町橋の間。
川の段差が作ってあるところは、
濁流の波が特に激しくなります。

低くなっている橋の下は、
河川敷まで水が上っていて通行できません。

《葵橋の下》

《出町橋の下》
賀茂川と高野川が合流して鴨川となる、
今出川通りにかかる賀茂大橋に近づいてきました。
出町商店街のイベントなどが開かれたりする場所です。
河川敷を越えて、
土手の途中まで木屑等が打上げられているのが分かるでしょうか。
ここまで水に浸かっていたようです。

賀茂大橋の上からカメラを北に向けています。
左が賀茂川、右が高野川。
2つの川が合流して、
水嵩はさらに増します。

上の写真の、
2川合流ポイントの先端に来ました。
今度は南を向いて賀茂大橋を撮りました。
やはり、こんなに水位が上るのは非常に珍しいと思います。

台風接近で外出する気になれない日。
ハードディスクレコーダーに録りっ放しで観ていない映画を観ることにした。
選んだのは伊丹十三監督の『お葬式』。
お葬式の哀しみだけでなく、
ドタバタやいろんな人間模様を興味深く描いた映画。
というのは随分昔に聞いていたが、初見。
父・母・姉と、
肉親すべてを失った今観るとどんな感じになるのだろう?
映画を観るというより、
映画を観ている自分を観察してみよう。
そんな感じで観始めた。
ああ、あんなこともこんなこともあったな、
と振り返らせられることが多かった。
が、意外と全く悲しい気持ちにはならなかった。
(ラストの菅井きんさんの喪主挨拶など、
劇場公開時には多くの方々の涙を誘ったのではないかと思うが…)
名立たる名優たちの若かりし頃に出会えたのも嬉しかった。
先程書いた菅井きんさんもいいなあと思ったが、
御前様役の笠智衆さんのはまりようといったらなかった。
まるで笠智衆さんが出ているシーンだけ、
『男はつらいよ』から抜き出してきたんじゃないかと錯覚するくらいだった。
そして湯浅譲二さんの音楽が、心に寄り添ってきてくれた。
湯浅譲二さんの音楽というと、
私がこれまでに知っていたのはNHK大河ドラマ『草燃ゆる』の音楽だけだった。
そのときは「とても前衛的な作風だなぁ~」と思ったものだが、
『お葬式』の音楽はとても柔らかだった。
『八重の桜』に「女紅場(にょこうば)」というのが登場します。
京都に出てきた八重さんが、
兄・山本覚馬の勧めで先生を勤めるのが「女紅場」。
明治初期の女子教育の場だったそうです。

その跡地を示す石碑が、
鴨川に架かる丸太町橋西詰にあります。
番組の最後で紹介されたので知りました。
思えば、寺町丸太町上るの新島襄旧邸(新島会館)からすぐです。
※※※
前にも書きましたが、
私の大学生活は本当にチャランポランでした。
『八重の桜』を観ていて、
自分が同志社大学を卒業していることに誇りを持てるようになりましたが、
それは創設された方々のおかげであって、
私が凄い訳ではありません。
『八重の桜』が引き金になったのか、
最近、大学時代の夢をよく見ます。
頑張っても頑張っても卒業できないという夢です。
大学1・2年生の頃、
アルバイト等に明け暮れ、
3年生の頭には留年が決まっていました。
それから必死で単位を取るべく、
ちゃんと授業に出るように努力しました。
最後の5年生になってもまだ一般教養の単位が足りず、
全くもって私には向いていない「物質の科学(物理学)」を選択しました。
時間割の都合上、嫌でも選ばざるを得なかったのです。
しかし、何と学年末の試験で「100点」をいただいたのです!
※※※
「物質の科学」を担当してくださったのはG藤先生。
小柄で、髪の薄いおじいちゃんといった風情ですが、
その容貌ともあいまって、
G藤先生はとても面白く、愛嬌のある方でした。
「質量があるもの同士が引き寄せあうというなら、
前から歩いてくる可愛いあの娘とキッスできて嬉しいですが、
近づいてくるダンプカーとキッスしたらペシャンコです」
とか、
「今日は量子力学(りょうしりきがく)のお話です。
そういえば、最近は量子(りょうこ)という名前もあるみたいで。
僕は好きですけど…」
(註:当時のアイドル佐野量子さんのこと。
のちにジョッキーの武豊さんと結婚)
とか、
(文字にするとちとヤバイなとは思いましたが)
実に人間味あふれる教え方をされる先生で、
難しいはずの物理学にどんどん引き込まれていきました。
前期末試験はなく、
後期末試験一発で年間成績が決まる科目でした。
3年生以上の、つまり私と似たような、
追い込まれて仕方なく「物質の科学」を選ばざるを得なかったクラスですので、
G藤先生は試験設問を予め発表してくれました。
4問を発表、そのうちの3問が試験に出ます。
1年間のノートをひっくり返し、
必死になって4つの解答論文を作りました。
それを必死のパッチで覚えました。
一体、何回ぐらい書いてみたことでしょう。
そして試験結果は前述の通り「100点」だったのです。
苦労して苦労して卒業にこぎつけた大学生活の最後に頂いたご褒美だったのかな。
(そもそも最初のほうで遊び過ぎ…)
今思えば、
このときの暗記の努力が、
今でもスコアを暗譜するのに役立っているのかもしれません。
G藤先生、ありがとうございました。
凄い雲2013年9月14日
何気なく「川端ニック」へ行きました。
あっ、違った、今は「ケーヨーD2」という名前だった…
※※※
今、京都で文房具の取り揃えが一番多い店はどこでしょうか?
短絡的に、「ヨドバシカメラ京都」かな?と思うのですが、
ちょっと前ならホームセンターがベストでした。
我家から一番近いホームセンターが「川端ニック」、
もとい、
「ケーヨーD2」なんです。
中学生の頃、
KBS京都のラジオを聴きながら宿題をするのが日課だったんですが、
よくホームセンター「ニック」のCMを耳にしました。
そんなすり込みがあったからかも知れませんが、
指揮の道具としての文房具を揃えるため、
「川端ニック」、今の「ケーヨーD2」によく行くようになりました。
指揮の道具?
ホームセンター?
何のこっちゃと思われるでしょうが、
スコアを製本するためのテープを探していたのです。
セロテープだと黄変してしまい、
しかも数年すると粘着力も衰えてしまいます。
で、ニックでいろんなテープを買って試しました。
結局、
メンディングテープとクリアーテープと製本テープというのを組み合わせて使うのがベスト、
という結論に至りました。
ですので、
今でもテープの補充のために時々「ニック」、
じゃなくて「ケーヨーD2」にお邪魔するのです。
何気なくデパートの中をウロウロするのは好きではありませんが、
ホームセンターを徘徊するのは、
私にとってはとても楽しいです。
工具とか、
収納用品とかを見ていると、
「あっ、そういえば、これは我家でも必要なんとちゃうか?
この収納ボックスなんか、あれに応用できるんとちゃうか?」
などなど、
想像力が掻き立てられて面白いんです。
ですので、この日は、
特に買物の当てがあった訳ではなく、
いわゆる「ウィンドー・ショッピング」だったのです…
※※※
その帰り道、
出町柳から河合橋・出町橋と渡っていました。
猛烈に暑い日でした(後で調べたら最高気温35.1℃!)
が、急に涼しく感じたのです。
川風のおかげかな?と思いましたが、
どうもそれだけじゃないみたい。
そういえば、陽射しが弱い。
木立がある訳でもない橋の上やのに何でかな?と思って空を見上げると、
雲が太陽を隠してくれていました。
川風+雲でこんなに涼しくしてくれるんや、と驚きました。

なんだか、『未知との遭遇』に出てくる異星人の母船のように見えました。
皆さんは被災時の非常持出袋を用意しておられるだろうか?
私は1995年の9月に用意した。
阪神淡路大震災の年の、
関東大震災のあった月に。
それ以来、毎年9月に中身を点検している。
飲食物はいずれも長期保存タイプだが、
無期限ではないからだ。
はじめた頃、食べ物としては「カンパン」しか入れておかなかったのだが、
「被災したからといって、カンパンばかり食べるのはイヤやな」と思い、
長期保存できるピラフとか赤飯とかも入れるようになった。
数年前のことである。
数日前に点検したところ、
今年で期限切れとなる「五目ごはん」を発見。
新しいのを購入して入れ替えるとともに、
この「五目ごはん」を食べてみることにした。
お湯を入れて密閉チャックを閉めておけば、
30分で食べることができる。
災害時にはお湯を沸かすことができないかもしれないので、
水でもOK(その場合は1時間かかる)
ちょっとだけ急いでいたのでお湯を入れることにした。
待つこと約30分。
いい香りのする「五目ごはん」が出来上がった。
「お茶碗たっぷり一杯分」とうたってあったが、
私の印象では二膳分くらいあった。
普段あまりご飯を食べない(=酒ばっかり飲む)から、
そう感じたのかもしれない。
いずれにせよ、これなら満足だと思った。
※※※
災害にはあいたくものだが、
今年の8月末から9月初めの頃のお天気など見ていると、
いつ、
どこで、
何が起こってもおかしくないと思ってしまう。
準備だけはしておいたほうがいいかも知れませんゾ。
最近のテレビドラマでは、
『半沢直樹』が大人気のようですな。
ハードディスクレコーダーに録っておいて、
都合のいい時間に視聴するというのが主流となりつつある今の時代に、
視聴率30%超えを連発するというオバケぶり。
仕事柄、この『半沢直樹』を見なければなりません。
「ええなぁ~、仕事でドラマ観れて~」と思われるかもしれませんが、
さにあらず。
仕事で観なきゃならないというのは、
結構しんどいもんです。
なんといっても内容が重い。
半沢くんのように仕事で追い込まれたら、
私なら「辞めたらぁ~」と喚きながら、逃げるでしょうな。
例えば、SFなどで、
主人公が追い詰められるという設定ならば、
割と冷静に観ていられるのですが、
『半沢直樹』はサラリーマンなだけに、
他人事と思えなくなってくるのです。
ついつい「自分だったら…」と思ってしまい、
気持ちがどんどん沈んでいってしまいます。
(それに引き換え、
1クール前の『空飛ぶ広報室』は楽しんで観られたな。
仕事で観てるのに、しょっちゅうハンカチを目に当ててました…)
やっぱり私にとってはNHKの大河ドラマがいい。
去年の『平清盛』同様、
視聴率的には苦戦しているそうですが、
『八重の桜』が心に響きます。
※※※
幕末、薩摩と相争った会津。
その薩摩藩の京都藩邸のあった土地を、
会津出身の山本覚馬が譲り受けます。
学校を開設したいと願う新島襄に、
その土地が贈られます。
新島襄と、山本覚馬の妹・八重が結婚します。
1875年(明治8年)11月29日、
多くの反対がありつつも同志社英学校開校。
「同志社」の名は山本覚馬が名付けたそうです。
※※※
出身大学であるというのに、
同志社大学今出川キャンパスの入口の前に、
薩摩藩邸跡の碑があるのに全く気付いていませんでした。
また、大学の近所に戊辰戦争で亡くなった薩摩藩士を祭る墓があるのですが、
藩邸の近くだったからですね。
今やっと分かりました。
いつも歩いている寺町通り(丸太町上る)に「新島会館」があります。
もちろん同志社関連の施設で、
新島襄と八重が住んだ旧邸もあるのですが、
ここが同志社英学校最初の校地とは知りませんでした。
ちゃらんぽらんな大学生活を送った私ですが、
我が母校にこんな歴史があったのだと思うと、
心が熱くなります。
もっとちゃんとした大学生活を送るべきだった。
今になって反省しきりです。
特に会津の方々に、
大きな恩義を感じずにはいられません。
指揮者だって普段から練習しておかなければなりません。
が、演奏会からこっち、
さぼってしまっていました。
もちろん、毎週金曜日には楽員の皆さんと一緒に練習してはいるんです。
が、ひとり落ち着いて動作確認する、
そんな基本練習ができていなかったのです。
「こりゃじゃあかん。涼しくなってきたことやし、練習復活しよか」
ということで、まずはメトロノームを「48」にセット。
ゆっくりしたテンポで練習です。
力んでいないか、
打点はハッキリしているかなど、
ゆっくり確認していきます。
一番問題だなと思ったのは、
腕の動きよりも、
体のバランス。
おそらく、左右のバランスは大丈夫だと思うんですが、
前後のバランスが狂っている感じでした。
重心が後ろ、つまり踵の方に寄り気味に思えました。
もう少し爪先立ちに近いイメージのほうがいいかな。
やっぱり練習は継続しないといけませんな。
小学生のときに『日本沈没』を4回観に行って以来の映画好きだが、
狂ったように映画館に通い出したのは、
実は2006年の『博士の愛した数式』を観てから。
まだ10年にもならない。
たまたまNHKの朝8時30分からのワイド番組(現在の『あさイチ』ではない)を観ていた時、
ゲストが寺尾聰さんで、主演映画『博士の愛した数式』の話題だった。
「これは観てみたいなぁ~」と思い、
向かったのがMOVIX京都。
当時は今ほどにはシネマ・コンプレックスはできていなかった。
TOHOシネマズ二条もTジョイ京都もなかったので、
MOVIX京都は京都市内唯一のシネコンだった。
2001年に開業していたにもかかわらず、
『博士の愛した数式』ではじめてMOVIX京都に足を運ぶことになったのだ。
この映画の印象が鮮烈で、
「もっともっと映画が観たい!」
と強く思うようになった。
もちろんTOHOシネマズ二条にも行くし、
単館系の京都シネマにも行く。
『寅さん』リバイバルでなんばパークスシネマにも行った。
ほかにもいろいろ、観たい映画のスケジュールをネットで調べては、
あっちゃこっちゃ動き回る。
でも、一番多く通っているのがMOVIX京都なのだ。
ポイント・システムを導入している映画館は多い。
MOVIXでも「MOVIX Club」という会員システムがある。
カードというものが財布の中を占拠してしまうのが嫌いで、
できるだけカードを増やさないように心掛けてきたのだが、
この会員システムはいいな、と思ったので、
入会して MOVIX Club CARD を持つことになった。
映画を1回観たら10ポイントもらえ、
60ポイントで映画1本無料となる。
ネット予約だと12ポイントもらえるので、
その場合は5本観たら1本タダだ。
このシステムはとてもありがたく、
これまで一体どれだけ無料で観ることができただろうか。
(もちろん、有料鑑賞も相当数にのぼる訳だが………)
この会員システムが2014年に一新されることになり、
ポイント付与が2013年8月31日で終了することとなった。
(ポイント使用はもう少しの間は大丈夫)
そんな訳で8月最終週に夏休み(年次有給休暇)を取得、
竹田城跡に登った一日を除き、
MOVIX京都での映画三昧の一週間を作った。
ポイントを貯めるために映画を観る。
本末転倒もいいところだが………
新しいスーパーマン像を描いた『マン・オブ・スティール』、
カーク船長の若き日を描く『スター・トレック イン・トゥ・ダークネス』、
そして『宇宙戦艦ヤマト2199第七章』は3回。
シネコンで働いているスタッフの方々は、
想像するにアルバイトが多いだろう。
スタッフの人数も多い。
にもかかわらず、
どうも何人かのスタッフには顔を覚えられている気配がある。
「こいつ、何回来よんねんろ?ちゃんと仕事しとるんやろか?」
と怪訝な視線を感じることもあるし、
「あ!またこの人来た!」とクスクス笑いそうになるのを、
必死で引っ込めるチケット・カウンター嬢の雰囲気を感じることもある。
だが、やっぱり俺は映画が大好きだ。
映画を観ていなかったら、きっと演奏に込める「念」のあり方も違った筈だ。
これからも映画は私のそばにあり続けるだろう。
一番近い映画館であるMOVIX京都へ行くこと、
きっとこれからも最も多いだろう。
どうぞよろしくお願いします。
新しい会員システムの稼動も楽しみにしております。
いつも一番乗りでスタジオ入りしているトロンボーンのA武さんがお休みということで、
この日の一番乗りはホルンのH谷さんだった。
椅子並べを終えた後、そのH谷さんが私の元にやってきた。
なんと、ホルンの第3ロータリーが全く動かないのだ。
私も元はホルン吹きだから、
楽器のトラブルには対処し続けてきた。
しかし、こんなにガチガチに固まったロータリーに出会ったことがあったろうか?
力づくで変なことになったら困るので、
楽器屋さんで診断&修理してもらうようにアドヴァイスするしかなかった………
※※※
アルトサックスとトロンボーンの夫婦団員、I村さん。
この日は二人とも早い時間帯にスタジオ入りすることができた。
夫のアルトサックス奏者A.I.氏は、
黙々と自分がしなければならない練習に取り組んでおられた。
そのメインは分散和音(アルペジオ)の練習のようだ。
その様子を見ていると、武士の面影があった………
※※※
今、私は藤沢周平の小説『蝉しぐれ』を読んでいる。
藤沢周平氏の小説に登場する武士といえば、
剣豪・秘剣の持ち主、といった人が多い。
「必殺の剣」で憎き敵を倒す痛快な時代小説を沢山読んできた。
既に剣の修行を終えた人たちばかりだ。
が、『蝉しぐれ』の牧文四郎は、
私が読んでいる前半部では未だ少年で、
剣術修行の最中である。
歳を重ねて剣の腕がますます上がっていきそうな気配はあるが、
今のところ剣豪ではない。
ひたすらに剣の腕を磨こうともがいている青年である。
その姿がA.I.氏の地道な練習と重なった。
剣の修行も、楽器の練習も、
相通ずるものがあるように感じた。
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