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勤続20年2011年11月15日

社会人となって、はや20年。
現在勤めている会社、よく辞めずに済んだものだと思います。
今日に至るまで、人事と喧嘩したこともあったし、
会社から処罰を食らったこともありました。

我が社には、勤続20年で、特別休暇5日取得というご褒美があります。
時短休日+公休日+特別休暇5日+時短休日+公休日=9連休!
ただし、当該年度中に消化しなければなりません。

先輩方のお話を聞いていると、
9連休もらえるものの、どう使ったらいいか分からん、
という方が多いようです。
中には、年度末にとりあえず取得したものの、
家でブラブラしていたという方も。
ワーカホリックが多いのでしょうか。

僕は、そんなん絶対嫌や、と思いました。

※※※

『冬のソナタ』のロケ地巡りに行く
韓流ドラマはまりまくりおばちゃんの気持ち、
実はよく分かります。

1993年のNHK大河ドラマ『炎立つ(ほむらたつ)』。
その歴史の舞台を訪ねてみたいとずっと思い続けてきました。
前九年合戦、後三年合戦、そして奥州藤原氏の興亡という、
東北地方を舞台にした140年に渡る壮大な物語です。
世界の渡辺謙主演の『炎立つ』、
歴代の大河ドラマの中で、私が最もはまったドラマでした。

お恥ずかしながら、私が『炎立つ』にはまったのには、
もうひとつ理由があります。
父から、「これは我が家のご先祖様の物語である」と教えられたことです。
家系図も何も残っておらず、
代々口承されてきたそうなのですが、
たどりたどると我が家のルーツは東北に行き着くのだそうです。

枝分かれした子孫が最も多いのが藤原氏だそうです。。
可能性がゼロ、ではないでしょう。
とはいうものの、口承だけで証拠となるものがない。
『炎立つ』放映中、父は癌を患っていることが判明し、程なく他界。
確かめる術がないのですが、
何か運命的なものを感じ、
私は父の言葉を信じることにしました。
ただし、きっと直系ではなく、
遠い遠い親戚や、家来の一人だったと思うんですが…

映画風に言うと「構想18年」の東北地方探訪の旅。
勤続20年特別休暇を利用して実行しようと決意したのが、
去年の終わりか今年の初め頃だったと思います。

※※※

3月11日、東日本大震災発災。
私は体の一部を持っていかれたような痛みを感じました。
この稿も約一ヶ月書くことができなくなりました。

当初、東北地方探訪の旅などもってのほか、と考えていました。
が、2ヶ月、3ヶ月と経つうちに、是非の程は分かりませんが、
今こそ訪ねるべきなのではないかと思えてきました。

7月の『せせらぎコンサート』終了後、
いよいよ本格的な準備に入ります。

俺は野球が大好きだ!~その5~2011年11月6日

一度、酒を酌み交わしてみたい男がいる。
福岡ソフトバンク・ホークスの杉内俊哉投手(31)だ。

熱い男だ。
かつて、自身のふがいないピッチングに腹を立て、
利き手である左の拳でベンチだったか壁だったかをぶん殴り、
シーズンを棒に振ってしまったこともある。

しかし、そのピッチング・スタイルは、
「剛球でねじふせる」といったものではなく、
むしろ「飄々とした」と形容するほうが近い。
140Kmそこそこのストレートなのに、
打たれないのだ。
美しいフォームから投じられるストレートの軌道、
これまた実に美しい。

そういえば、第2回WBCでは中継ぎを担当していたが、
1点も取られなかった。

ソフトバンクvs埼玉西武のクライマックスシリーズ・ファイナルステージ第3戦。
ソフトバンク先発・杉内、西武先発・涌井。
見ごたえあるエース同士の投手戦に釘付けになってしまった。

序盤、ソフトバンクは全くヒットを打つことができない。
対する西武は杉内からチャンスをつくるが、
ソフトバンクの守備陣に阻まれ、得点することができない。

中盤から終盤は一転、ソフトバンクは涌井を攻める。
が、あと1本が出ない。
杉内は尻上がりに調子を上げ、
西武の打者を一人も出塁させない。

0対0のまま延長戦に突入。
えてして、こんな時はたった1本のホームランで試合が決まったりするものである。
そんな嫌な予感が頭をかすめた直後だった。
10回表、西武の4番・おかわりくんこと中村選手が、
レフトにでかい打球を放った。
「ああっ、やられた!」
そう思ったが、打球はレフト・フェンスを直撃、
なんとか二塁打でしのいだ。
直後、5番フェルナンデスへの初球、
「あっ、正直にいきすぎや、やばい!」
レフト線に持っていかれた。
中村、ホームイン。

うなだれる杉内、帽子を目深にかぶったまま降板。
号泣していた。

思えば昨年のロッテとのクライマックスシリーズ、
杉内は2敗を喫した。
きっと思ったに違いない。
「去年に続いて、今年もチームの力になることができない…」
ふがいない自分を責めていたのだろう。
だけど杉内よ、ここまでゲームを作ってきたのは君だ!
俺はかっこいいと思う。

10回裏、2アウト、ランナー2塁。
カウント3ボール・2ストライク。
追い込まれたソフトバンクの長谷川、
しかし次の打球、
なんと右中間を切り裂いた!
1対1、同点。
そう、野球は一人でやるものじゃない。
杉内よ、チームメートが敗戦投手から救ってくれたぞ!

西武の涌井も、ここでガックリきた。
が、おぬしも立派だったぞ。

延長12回裏、またも長谷川がヒット(この日4安打目)を放ち、
ソフトバンクはサヨナラ勝ちを飾った。

おめでとう、ソフトバンク、遂にポストシーズンの呪縛を脱しましたね。
8年ぶりの日本シリーズ、ご健闘をお祈りします。

俺は野球が大好きだ!~その4~2011年11月5日

第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)日本VSキューバの決勝戦の日、
せせらぎは合奏日でした。
テレビ観戦したくてしたくてたまりませんでしたが、仕方ありません。
イチローの日本代表ユニフォームを着て指揮しました、
Trb.の戸田君に試合の途中経過を教えてもらいながら。

この時の日本の4番は、ソフトバンクの松中です。

彼は、なぜか日本のプロ野球のポストシーズンになると、打てなくなってしまうのです。
そして、もちろん彼のせいだけではないのですが、
パ・リーグ優勝したにもかかわらず、
ソフトバンクはクライマックスシリーズを突破したことがないのです。
そんなの理不尽だと思いませんか?
1年かけたシーズンを勝ち抜いてきた苦労は、一体なんだったのでしょう?

僕はクライマックスシリーズという制度そのものに反対です。
セ・リーグ優勝チームとパ・リーグ優勝チームとでシンプルに日本シリーズやればいいんです。
以前のやり方に戻してほしいと切に願います。

ただし、現状のルールの中で、一度はソフトバンクに日本シリーズに進出してほしいと願います。

そんな訳で、11/4(金)の合奏では、秘かにソフトバンク応援グッズ、
というよりも松中応援グッズを身に着けていました。
ファイテンのラクワネックX50というやつです。
真っ赤な、まさしく「松中モデル」です。

やったぞ、松中!代打満塁ホームラン!
日本シリーズ進出まで、あと1勝だ。
頑張れ、ソフトバンク!

『東京オアシス』を観る2011年11月1日

『かもめ食堂』はホントに大好きな映画のひとつだ。
ゆるーいテンポの中に、静かなクレッシェンドがあった。
お客さんが全くいないかもめ食堂が、
ラストには満席になるのだ。

『めがね』『プール』『マザーウォーター』と、
耐えに耐え続けてきたが、
『東京オアシス』では耐えるのをやめた。
ぐっすり眠らせていただきました。

アンセルメを聴く2011年10月30日

吹奏楽の世界では、何と言っても
マエストロ・フレデリック・フェネル指揮 東京佼成ウインドオーケストラが好きだが、
管弦楽の世界では、
マエストロ・エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団が僕にとっては一番だ。

はじめてアンセルメ&スイス・ロマンド管を聴いたのは
高校1年生の頃だったと思う。
高校時代はドビュッシー、ラヴェルといった作曲家の作品を演奏することが多く、
その原典となる管弦楽作品をレコードで沢山聴いた。
資力の乏しい高校時代は、友人との貸し借りでしのいだものだ。

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団
アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団なども良かったのだけれど、
僕にとってピタッときたのは、なぜかアンセルメ&スイス・ロマンドの演奏だった。
最高に上手、という訳ではないのだけれど、
何を聴いても味わい深いのだ。
「いぶし銀」という言葉がピッタリかも知れない。

アンセルメ没後40年企画のCD集が数年前から発売されている。
別にドビュッシーやラヴェルだけを演奏しているのではない。
もちろんストラヴィンスキーもあるし、
ベートーヴェンの交響曲全集だってあるのだ。

先日、ふっと気になって、バルトークの『管弦楽のための協奏曲』を引っ張り出してみた。
何なんだろう、このゆったり感は!
シカゴ交響楽団の超人技も悪くはないが、
僕はやっぱりアンセルメ&スイス・ロマンドが好きやな、と思った。

『プスタ』に思うこと2011年10月29日

「せせらぎ人語」がスタートしました!
せせらぎ人が語るという、ナイスなネーミング。
練習の模様を、プレイヤーの立場から伝えてくれるコーナーです。
皆様、「せせらぎ人語」をよろしくお願い申し上げます。

※※※

10/28(金)、新曲をスタートしました。
ヤン・ヴァンデルロースト作曲『プスタ~4つのジプシー舞曲』です。

約15年前、ラジオのディレクターをしていた頃、
よく中学生が演奏する『プスタ』を録音したものでした。
だからか、この曲はそんなに難しくないんだ、
と勝手に決めてかかっていたような気がします。

今回、初めてスコアを手にしてみて、
その考えは間違いだということに気が付きました。
特にテンポの変化に対応できないと、
えらいことになってしまいそうです。

と同時に、真摯に取り組んでいけば、
きっと楽しい演奏に仕上がっていく曲だとも思います。

フラッター・タンキング2011年10月25日

「ひとりごと」というタイトルに甘え、脱線してばっかり。
業を煮やした広報チームが、
もっと練習時のことを公開する別コーナーを立ち上げようとしておられます。
いや~、大変申し訳ない。

そんな訳で、たまには合奏直結ネタを書いてみましょう。

組曲「宇宙戦艦ヤマト」で、
金管楽器にフラッター・タンキングが求められています。
難しいとは思いますが、トライしてみましょう。
が、1年やってみてもどうしようもなかったら、
フラッターは諦めて構わないと思います。
やれる人だけでやり、無理な人は伸ばしにしましょう。

かくいう私、舌をまくことはできます。
が、どう頑張っても、
唇を震わせながら舌をまくことはできませんでした。

フラッター・タンキングに限らず、どんな曲でも、
「これは不可能やろ?」という楽譜に時々お目にかかります。
けれど、作曲家は、何らかの思いを込めてその楽譜を書いた筈です。
プレイヤーとして文句言いたくなる気持ちも分かりますが、
まずは同じ音楽家として作者の思いに鑑み、
トライしてみることが大切なのではないでしょうか?

それでも何ともならないようなら相談に乗りましょう。

何度目かの観劇2011年10月22日

4月と10月、半年に1回、観劇するのが恒例となっている。
職場の後輩が所属する劇団のお芝居を観に行くのだ。

10月22日(土)、時代祭も鞍馬の火祭りも関係なく、
向かうは阪神電車の石屋川駅。
灘の酒蔵での公演である。

今回で4回目か5回目だと思う。
行く度にお客さんが増えている。
我々せせらぎも見習わなければならない。

行く度に劇団員の方が増えている。
そして舞台を踏むごとに、
新人さんがレベル・アップしている。

通い始めた頃は後輩の演技だけを楽しみに観に行っていたのだが、
最近では、新人さんの成長度合いを観察するのが楽しみだ。
それくらい、後輩の演技は安心して観ていられる。

せせらぎも、安心して聴ける、と言ってもらえるようになったら
すごく幸せだと思う。

はやぶさ2011年10月18日

宇宙戦艦ヤマトは、14万8千光年彼方のイスカンダルに赴き、
放射能除去装置を獲得して生還するミッションに挑んだ。
しかし、そのような機械がある訳ではなく、
森雪が放射能を除去する「能力」を授かることとなった。

地球帰還目前のところでガミラスに行く手を阻まれたヤマトは、
森雪を無事地球に送り届けるためカーゴを発進させ、
古代進とともに最後の決戦に臨んだ。
(実写版より)

小惑星探査機「はやぶさ」は、当初予定で4年間、35億kmを旅し、
小惑星「イトカワ」から表面物質のサンプルを持ち帰ることをミッションとした。
様々な困難に見舞われながらも、7年後に地球に戻ってきた。
結局、60億kmの旅となった。

小惑星「イトカワ」のサンプルを入れたカプセルを地球に届け、
はやぶさ本体は大気圏突入とともに火に包まれ、その使命を終えた。

昨年、はやぶさ帰還のニュースを聞きながら、
ヤマトに通じるものがあると強く感じていた。
今、ヤマトを演奏するにあたり、
映画『はやぶさ』を観ない訳にはいかない。

しょっちゅう映画館に行くものだから、
最近、緊張感や高揚感がなくなりつつあった。
しかし、今回は上映前から何かが違った。
そう、初心に帰るような感じがあった。

そして上映開始数分で涙まみれになってしまった。
『博士の愛した数式』以来のことだ。

この映画、いろんな面で凄い!
きっと日本アカデミー賞の何らかの部門での受賞、あると思う。

ヤマト2011年10月15日

10/14(金)、組曲「宇宙戦艦ヤマト」初合奏。
が、2005年の「第18回せせらぎコンサート」で採り上げているし、
ヤマトのテーマ音楽である第2楽章だけを抜き出して
その後何回かの本番で演奏したと思う。

再演メンバー、他の楽団で演奏した経験のある人もいたが、
全く初めてという人も多かったと思う。
にもかかわらず、初回としてはなかなか良かった。
さあ、これからブラッシュアップだ!

※※※

思えば昨年の今頃、そわそわしっぱなしだった。
キムタク主演の実写版『SPACE BATTLESHIP ヤマト』の公開間近だったからだ。
時に西暦2010年11月10日(水)、梅田芸術劇場で行われた試写会に行き、
「ああ、なるほど、そうまとめたか…」と、ストーリー展開を理解し、
ようやく落ち着いた。

12月1日(水)、ロードショー公開初日、
朝一でTOHOシネマズ二条へ行ってパンフレットを買い、
改めて諸設定等を確認して、フムフム。

12月2日(木)、またTOHOシネマズ二条に行き、
レイトショーでゆったりと2度目の鑑賞。
梅田芸術劇場は映画館ではないため、音響がもうひとつだった。
改めてサラウンドで楽しみたかったのだ。

重要な要素となるシーンをあと2つか3つ足して欲しい。
往年のファンはついそんな贅沢を思ったのだが、
今思えばやはりよくまとまった映画だったと思う。
日本映画の底力を見たような気がした。