オーボエ奏者のひとりごと2010年7月29日

サックスの山下君とオーボエの濱下さんが結婚されたのが今年の4月。
5月には披露パーティーも開かれ、晴れて山下夫妻となられました。
本当はすぐにでも新婚旅行に出掛けたかったでしょうが、
せせらぎコンサートが終わるまで待ってくれたのです。
今回の「ひとりごと」は番外編です。
その新婚旅行の話が面白かったので、ご夫人に原稿を依頼しました。
「かもめ食堂」の話ではありませんが、興味が尽きません。
では、瞳ちゃん、よろしくお願いします。

* * *

こんにちは、オーボエの山下です。

せせらぎコンサートが終わった次の週から、サックスの山下氏と、新婚旅行に行ってきました。
シベリウスとムーミンの故郷・フィンランドから、船や列車を乗り継いで北欧の国々をまわり、
ドイツ・ベルリンへと至る10日間の旅。
レンタカーを借りて運転すれば、左車線へ突っ込んで行きそうになり
(穏やかなフィンランド人も、さすがのクラクションの嵐)
記録的猛暑が続くベルリンでは、2人して熱中症にやられてホテルから動けなくなったりと
まさに珍道中の連続でしたが、
その中でも、スウェーデンの街で出会ったある楽隊の人々の話をしたところ
木村さんから「指揮者のひとりごとでぜひ!」とのご指名をいただきましたので、
少し長くなりますが、どうぞお付き合いください。

* * *

今回の旅は、よくばりな日程のために本当に移動が多くて、
スウェーデンの首都・ストックホルム市内を散策できる時間は、わずか4時間でした。
限られた4時間の中で、絶対に見たいね!と2人の意見が一致したのは
スウェーデン王宮の前の広場で毎日12時15分から行われる、衛兵交代式です。

実はつい先日、スウェーデンの王太子であるヴィクトリア王女が
専属ジムトレーナーである男性と長年の愛を実らせて結婚式をしたばかりということもあり
王宮は2人への祝福ムードでいっぱいでした。
(同じ年に結婚したということで、私たち夫婦もぜひ幸せにあやかりたいものです。)

さてこの衛兵交代式、間近で勇壮な兵隊さんのパレードが見られるということで
観光客に大人気のイベントです。
開始直前ともなれば、人・人・人で大混雑(み、みえない~~)。
そんな中、遠くからマーチングバンドの軽やかな音が近づいてきます。

北欧の夏の日差しは暴力的なほどにまっすぐで強く、
吹きわたる風は軽くさわやかなのに、肌はやけるように熱いのです。
そんな王宮広場の中で、
兵隊さんたちの毎日の儀式が、一糸乱れぬ整然をもって繰り広げられます。
(前に陣取る日本人のおばちゃんのカメラが大きくて、あまりみえませんが。)
スウェーデンの衛兵たちはこうやって、毎日12時間ごとに王宮の警備を交代するのです。
その気の遠くなるような繰り返しの毎日に、思いを馳せてみます。
伝統というのはこうやって紡がれていくんだ、と(あまりみえませんが)思います。

衛兵交代式

厳粛な儀式が終わったと思ったら、広場の真ん中の方から軽快なマーチが聞こえてきます。
どうやら、楽隊が観光客向けにコンサートをやっているようです。
思いもよらぬ、楽隊からのプレゼント。
「やった!」私たちは顔を見合わせて、楽隊のまん前の、ベストポジションへと走ります。

コンサートはマーチだけでなく、ポップスやサルサなど
世界中誰でも知っているような楽しい曲が何曲も続き、
サックスやトランペットのソロまで登場します。
そして、よくよく見てみると、なんとオーボエ奏者も1人いるではありませんか。
この高い太陽と乾燥の中でよくもまあ、と、同業の身としてはこの青年兵士に同情を禁じ得ません。
楽器は割れないのだろうか、リードは大丈夫かと、そんなことばかりが気になりますが、
しかしそんなコンディションは感じさせない、本当に軽やかで素敵な演奏です。

束の間のコンサートも終わり、タクトを振った指揮者はドラムメジャーと交代し、
楽隊は再び隊列を組んで、広場を去っていきます。
にぎやかなマーチの音は、王宮の石壁に跳ね返りながら次第に小さくなっていきます。
広場の凛とした空気がふっと和らぎ、次の瞬間には、そこはもう普段着の広場です。

* * *

初めて見る外国の兵隊達と、楽隊の演奏の素晴らしさに私たちはすっかり感動してしまい
「すごかったねー」「すごかったねー」を連発しながら広場の裏へと歩いていきます。

すると、なんとそこにはMarineと書かれた海軍の大きなバスがあり、
さっきの楽隊のメンバーが帰る準備をしているではありませんか。
観光客が次々に近づいて、一緒に写真を撮ってもらっています。
気がつけば私もぱっと走り出して、ピッコロを持った女の隊員さんのところへ駆け寄ります。

「あの、ピッコロ吹きの方ですよね!あなたのピッコロすごく良かったです!」
「あらありがとう、あなたもピッコロ吹きなの?」
「いえ、私はオーボエ吹きなんです、ブラスバンドで吹いてます」

私が満面の笑みでこう答えたところ、彼女はものすごくびっくりします。
(ここから、私のつたない英語が原因で、会話のすれ違いが始まります。)

「えええっ!!??ブラスバンドでオーボエ!? あなたどこから来たの?」
「日本から来ました」
「日本から! 日本ではブラスバンドにオーボエがいるの?」

あれ、スウェーデンではブラスバンドにオーボエはいないのかな。
でも、さっきあなたの楽隊にオーボエの人いましたよね。あれ?
…何はともあれ、日本人オーボエ吹きが通りすがるのはきっと珍しいんだろうなあ。

「はい、日本ではブラスバンドにオーボエがいますよ、たいてい1~2本(自信満々)」
「へえ!! ブラスバンドにオーボエがいてちゃんと聞こえるの?」
「いやまあ、ソロもありますし」
「まあ確かにソロがあればねぇ…」

そこへ、件のオーボエ吹きの青年が通りかかります。

「ちょっとちょっと!(呼び止める)
彼女は日本のブラスバンドでオーボエ吹いてるんだって」
「ええっ!? ブラスバンドで吹いてるの? 本当に!? すごいね!!」
「え、あ、はい(??あなたも吹いてますよね??)」
「ね?すごいわよね~。きっと日本ではオーボエがすっごく人気があるんだわ~~」
「えっと、そうですね、まあそれなりには…(??)」

…ここを読んでおられる皆様なら、このすれ違いの原因はもうお分かりですよね。

ここまでのやり取りを聞いていた夫が、急に口を開いて説明を始めました。

「あの、日本ではwind orchestraのことをbrass bandと呼ぶ習慣があるんです。
彼女がさっきからブラスバンドと言っているのは、ウィンドオーケストラのことです」

そうでした。
日本では、木管楽器も金管楽器も一緒に演奏する、いわゆる「吹奏楽」のことを
「ブラスバンド」と呼びますが、
英語でブラスバンドと言えば、それは金管バンドのことを指すのです。
さっきから私は、金管バンドの中で(木管楽器である)オーボエを吹いてます!
ニホンじゃアタリマエ!と自信満々に言っていたわけです。
そりゃあ話も噛み合わないわけです。恥ずかしい。。

あちらもすぐに事情を理解してくれて
「あー、ウィンドオーケストラでオーボエを吹いているのね、それなら分かったわ」
と一件落着です。ほっ。

ここまでの会話がきっかけになって、オーボエ青年ともどんどん話がはずみます。

「すごく暑いですけど、楽器は木製なんですか?」
「そうだよ、一応木製なんだけど、このコンディションだから、あっちもこっちも、
いろいろガタが来ていて大変なんだよね…(ぶつぶつ)」
「リードはどうしてるんですか?」
「自分で作っているよ、すごく大変だけど…ほらグロタンのチューブ」
「ほんとだー!」
「日本ではどんな曲を演奏するの?」
「うーん、アルフレッド・リードとか」
「あーーいいねえーー!じゃあ、日本人の作ったマーチで好きな曲は?」

……
………

彼はスウェーデン人、私は日本人、お互いに母語ではない英語でのつたない会話ですが
同じ趣味を持っていると、本当に、話は尽きないものです。
後ろで待っている海軍バスが、もう待ちきれないといったふうでクラクションを鳴らしたので、
最後に一緒に写真を撮ってもらって、私たちは別れました。

スウェーデンで過ごした時間はたったの4時間でしたが、
こんな素敵な出会いもあって、本当にいい思い出です。
またいつか、このオーボエ青年に会いにスウェーデンに行きたいなあと、次の夢もできました。
というわけで、長文にお付き合いいただきありがとうございました。
皆様も、「ブラスバンド」にはご用心を…