スナック玉江2010年8月6日

とは、色っぽい名前の呑み屋である。
場所は西木屋町の雑居ビルの7階。
経営者はH.U.さんという、はげ茶瓶のマスター。
どうも名前とそぐわない。

もともと、マスターのおばさんの玉江さんという方がスナックを始め、
『スナック玉江』という店名にしたそうだ。
そして今から25年前、H.U.さんがおばさんからこの店を引き継いだと聞いている。

私が初めてこの店を訪れたのは、ちょうどその頃である。
堀川吹奏楽団(せせらぎの旧名)の大先輩、
トロンボーンのT.I.さんに連れられてだった。

まだ二十歳そこそこだったので、先輩方と一緒か、
せせらぎコンサートの打上げ?次会という時にしか行ったことがなかった。
でも、私だけでなく、せせらぎのメンバーにとって、
玉江は安心して呑んで話せる溜り場となっていく。

35歳を過ぎた頃からだと思うが、
呑み歩くのは一人でフラッと行くのが気楽になりはじめた。
玉江でちょいと呑んで帰るというのが多くなった。
特に、勤務シフトが土曜日勤、(日)(月)休みとなってからは、
ほぼ毎週土曜日に玉江で呑むというのがお決まりのコースとなった。

最初はマスターが一人で切り盛りしていらしたが、
ある頃から、もともとお客さんだったM.I.さん(通称マリちゃん)がお手伝いするようになる。
このマスターとマリちゃんには、せせらぎコンサートでもお世話になった。
『美女と野獣』を演奏した際、マスターの渋い声でナレーションを入れてもらった。
マリちゃんには何度も演奏会の司会をしてもらった。

マスターとマリちゃんとは、よく麻雀もした。
パーカッションのK.T.さんと私の4人で、というのが多かったが、
サックスのY.T.さんも入って5人(1人は休憩)という場合もあった。
お店を朝までやって、一眠りされた後、昼過ぎからスタートするのだが、
5人打ちの場合、マスターは夜になっても残って、
マリちゃんが店を開けに行くこともあった。
「ええんかいな?」と思ったものだ。

印象に残っているのは、麻雀そのものよりも、麻雀をした「ある日」のことだ。
それはシドニー五輪の女子マラソンの日、そう、高橋尚子選手優勝の日だ。
レースが行われたのはちょうどマスターもマリちゃんも一眠りしている時間帯。
麻雀を始める前に私がこの話を振ったら、
お二人ともすごくビックリしておられた。
夜の仕事とは、かくも厳しいのだなと感じた。

※※※

勤務シフトが変更されて約2年、玉江に通うペースがぐんと落ちてしまっていた。
そんな中、マスターから手紙を頂いたのは、
今年の演奏会の2日前の7月2日だった。
遂にその日が来たか、という予感があった。
開封すると、7月31日をもって閉店するとあった…

演奏会の打上げの後、寄らしてもらおうかと思っていたが、やめた。
一人静かに訪ねたかったからだ。
山鉾巡行も終わった7月19日、海の日に伺った。
マスターとマリちゃんと私の3人で静かに呑ませていただいた。

そして閉店一日前の7月30日(金)、練習後にもう一度行った。
大混雑である。
常連さんの中に混じってチビチビ呑っていたら、
せせらぎOBとなられたパーカッションのK.T.さんとサックスのY.T.さんが来られた。
共に酌み交わすのは何年ぶりだろうか?
いずれにせよ、玉江が引き合わせてくれたことは確かだ。
長年、心の中にあったわだかまりが氷解していくように感じた。

玉江さん、ありがとう。
マスター、マリちゃん、また麻雀しましょう。