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オリンピックの生中継、ほとんど観ていません。
時差のせいではありません。
気が小さいからです。
怖くて観ていられないのです。
ニュースで結果は見ています。
凄いですな。
金メダルを賭けた戦いでも、3位決定戦でも、
土俵際まで追い込まれていながら逆転するケースの多いこと!
「もうダメだ … 」と思われる状況で、
悲壮感が感じられないのです、私には。
むしろ落ち着きが感じられます。
開き直っているというか、「ゾーン」に入っているというか。
見習いたいものです。
とても見習うことはできないのですが。。。
8月16日。
五山の送り火。
ここ数日、夕立に見舞われた京都。
降るなら降るで、サッサと降って涼しくなったらいいなと思っていました。
が、空模様は怪しいのに、なかなか降ってきません。
ところが、点火30分前くらいからドシャ降り。
NHK のBS プレミアムの送り火中継にノイズが入り始め、
降雨モードに切り替わり、
遂に受信不能となりました。
KBS 京都に合わすと、地上波なので映ります。
が、画面の中も凄い雨。
午後8時となり、大文字に火がついたのはテレビで分かりました。
が、窓の外を見ても全く見えません。
かつて、大雨で一日延期となったことはありましたが、
点火しているのに見えないというのは初めてです。
何が怖いって、あまりにも「ありそうな話」で怖いと思いました。
・ゴジラ出現により後手後手に回る政府の対応
・世界から日本がどう扱われるか
現実にゴジラは出現しません。
が、ゴジラはある意味、突発する災害の象徴かも知れません。
いつ発生してもおかしくない訳です。
ゴジラと人類との激突は、原点に回帰したようで、大変見応えがありました。
ラスト・カットは、ここまでで済んで良かったという意味か?
それとも恐怖はまだまだ続くという暗示か?
伊根2016年8月9日
何かと忙しいにもかかわらず、丹後半島の伊根町に行ってきました。
「舟屋」で有名な、あの伊根です。
※※※
自宅近所の酒房「たなかや」さんが、常連を募って「修学旅行」に行くことになりました。
宿泊先は宮津の民宿。
京都で劇団をやっていた K 君の祖父母が経営する民宿です。
新婚の奥さんを伴い、宿を継ぐため7月に宮津に戻った K 君。
彼と奥さん(ともに「たなかや」常連)に会いに行こうという企画。
でも、それじゃあ、ただの「旅行」。
「修学旅行」なので、伊根町の酒蔵・向井酒造を見学させてもらうことに。
「たなかや」では、赤米を使った「伊根満開(向井酒造製)」を扱っておられるので。
K 君の民宿から車で10分程のところにあるのです。
※※※
参加者は13人。
3台の車に分乗します。
ここ何年もまともに運転していない私が、マイカーを出し、運転しました。
最初、少し怖いなと思いましたが、だんだんと感覚が戻ってくるのが分かります。
せせらぎでは、長い間、丹後半島の経ヶ岬の近くに夏合宿に行っていました。
当時は高速道路もなく、速くても片道6時間。
帰路が渋滞、丸一日ヘトヘトになりながら運転したことも。
が、京都縦貫道が開通したことで、2時間もあれば天橋立近辺まで行けてしまうのです。
有難いなぁ~と思いました。

≪ 横一線の天橋立 ≫
K 君の民宿「井筒屋」に着いた私たちは、K 君夫妻に案内してもらって「向井酒造」に行きました。


若奥さん(と思われる)に酒蔵を案内してもらいました。
が、とにかく暑くて暑くて。
見学後の試飲よりも、海辺で食べた「酒粕アイス」に救われました。
ところで、試飲。
もちろん、たっぷり頂きました。
丹海バスでの行動でしたので。
翌日は海上タクシーで伊根湾を巡りました。
遊覧船もいいのですが、海上タクシーのほうが舟屋により近づくことができるだろうと思いまして。

舟屋の一階部分が、いわゆる「舟のガレージ」になっているのが分かってもらえるでしょうか。

この日は伊根にある「八坂神社」のお祭りだったそうです。
船渡御に使われる舟は二艘が連結されており、幟が立てられていました。
(残念ながら船渡御を観ることはできませんでした)
海上タクシーを降りたあと、山の上にある「道の駅」へ。

伊根湾を高台から望むことができました。
凪いだ海。
山々によって強風から守られた湾だからこそ、独特の「舟屋」を作ることができたのでしょうね。
30002016年8月8日
イチロー選手、メジャー3000本安打達成、おめでとうございます!
素晴らしいチーム・メイトに恵まれて、ホント良かったですね!
担担麺2016年8月7日
京都大丸の北側にあったおいしいカレー屋さんがなくなって、もうどれくらい経つかなぁ~
二条駅近く、だいぶ前に食べに行ったことのあるカレー専門店。
久しぶりに行ってみたら、数日前に店を閉めた模様。
カレーと縁が薄くなってしまったのでしょうか。
でも時々、バッチリ辛いものが食べたくなります。
特に暑い夏。
辛いもんで暑さをぶっ飛ばしてやりたくなります。
最近はまっているのが担担麺。
といっても、グルメな方々のようにほうぼうの店を食べ歩くという訳ではありません。
会社の近所とか、通勤ルート上にあるとか、行きやすい店にちょこっと入る程度です。
そんな話を行きつけの小料理屋でしていたら、
四条千本においしい担担麺の店があると教えてもらいました。
その名も「坦坦」。
スタジオの近所なのに、少しルートから外れているというだけで気付かないものです。
TOHO シネマズ二条で映画を観た後、お昼に行ってみると、なんと行列が!
並んでまで食べようとするのは、もしかすると人生初。
といっても、私の前に5人だけなんですけど。
ゴマの効いたマイルドなお味。
かと言って、辛くない訳じゃなく、辛さと旨味がいい具合にブレンドされた感じ。
量が適度、というかガッツリ食べたい人には少ないのかも。
私にはちょうどいい。
よし、次は「冷やし担担麺」にチャレンジしよう!
寒いのは苦手なので、
比べれば暑いほうが大丈夫です。
が、このところの暑さは、一体、なに?
休日出勤して、フロアには私一人。
申し訳なく思いつつ、あまりの暑さにビルの中央監視室に冷房を頼みます。
が、午後1時から3時くらいの時間帯、空調を止められたと感じる暑さ!
堪らず中央監視室に電話すると、ちゃんと動いているとのこと。
冷風吹き出し口に行ってみると、確かに空気は動いています。
あまりの外気の暑さに、冷房が効かないということらしい。
暫くは酷暑に耐えなければならないようですな。
7月29日(金)は、
ピッコロ × 1
フルート × 1
B♭クラリネット × 10
アルト・サックス × 2
テナー・サックス × 1
トランペット × 4
ホルン × 2
トロンボーン × 4
ユーフォニアム × 1
テューバ × 1
そして私の計28人で合奏を行いました。
この日、基本練習調性は in B♭に戻ってきました。
それに合わせてコラールも in B♭にしました。
次回の合奏の基本練習調性は in E♭。
よってコラールも in E♭にする予定です。
現在、私の手元には『コラール・スピリトーソ』が届いています。
副指揮者 K さんの新しいコラールが出来上がったのです。
in C♭( B )バージョンです。
プリントアウトできたので、これから製本します。
そして読みます。
出来るだけ早く点検を終えて、楽員の皆さんの手元に行き渡るようにしたいと思います。
過日、京都大丸の近くを歩いていた時のこと。
携帯にメールが着信したので、
「道路の端に寄って」
「立ち止まって」
メールを読み始めました。
視線を感じてふと目を上げると、
怪訝そうに私を見るいくつもの目が。
「あの人、ええ歳してポケモン GO やってはるわ…」
という声が聞こえてきそうです。
そもそもゲームなど一つもインストールしていません。
メールのやり取りが殆ど。
次に何で使うかといえば写真。
ときたま映画のスケジュールを調べるために映画館のホームページを覗くでしょうか。
月に一度くらい電話がかかると、「そう言えば携帯 “ 電話 ” やったな」と思い出します。
「ポケモン GO なんて、何の関わりもありません!」
思わず叫びたくなりました。
「あの」事件から数か月後から、佐村河内守氏を密着取材した映画監督の森達也氏が、
ドキュメンタリー映画として編み上げられた『 FAKE 』が公開中。
連日、満席になっているらしいと聞いて、少し間をおいて観に行ったつもりだったのですが、
やはり満席でした。
私、副指揮者の K さんに、
12の調性に対応した12曲のコラールをせせらぎのために作曲して欲しいとお願いしました。
これまでに5曲が完成しています。
3曲までは同じ曲調で、調性を変えてもらっています。
4曲目からは違う曲調になってもいいかな、と言ったら、違う曲調で作ってくれました。
もちろん調性は全部違います。
作曲が終わると、楽員に配布する前に、私の方で点検させてもらいます。
楽典上の誤りがないかチェックしたり、
音域的に変更したほうがいいかも知れない場所を指摘したり。
さて、これらの曲を作曲したのは誰か?
当たり前ですが、K さんです。
私である筈がありません。
私は単なる「言い出しっぺ」です。
点検したり、変更の進言をしているということで、「プロデューサー」というのはありかも。
が、あくまでも作曲者は K さんです。
K さんが納得しないのであれば、変更もありません。
揺るぎようがありません。
※※※
全く別件ですが、
K さんも所属するリコーダー・アンサンブル・グループ「寒鰤」の演奏会の企画に、
私も「いっちょかみ」し演奏会場との仲立ちなんかしたことがあります。
その時、「俺はプロデューサーだ」などと豪語していたのですが、
肝腎の演奏会当日、
最初から最後までずーっと眠りこけていたのでした。
なにがプロデューサーなんだか …
※※※
佐村河内守氏は、どうやらもっと深く関わっていたようです。
ならば、最初から新垣隆氏と、こういう関係性で楽曲制作に携わったというのを公開していれば、
こんな問題にはならなかったのではないかと思えてなりません。
新垣隆氏にしても、佐村河内守氏からの話がなければ、
一連の楽曲を書くことはなかったでしょう。
ただ、映画を観ても、ホントのホントは何なのか分かりませんでした。
もしかしたら主観の問題であり、誰にも分からないことなのかも知れません。
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