2012年05月

やっぱり打楽器って大変2012年5月19日

このところ、吹奏楽団せせらぎの歴史(?)を振り返ってきました。
1984年結成なので、今年で28年になる訳です。
長い時間が経過したんだなぁ、
と思うと同時に、
使い古された言葉ですが、
昨日のことのように思い出されることばかりだ、
というのが実感。

エキストラの方々に沢山加わっていただかないと
演奏会が開催できない時期が長く続きました。
メンバーの半数以上がエキストラということもありました。

しかし、長い時間をかけて、少しずつ少しずつメンバーが増えていきました。
今のところ、管楽器奏者のエキストラは頼まなくて大丈夫になりました。

ところが、打楽器奏者はそういう訳にはいきません。
たま~にティンパニだけしか登場しない曲とか、
2~3人でなんとかなるという曲もありますが、
大概は4~5人、時には6~7人いないとどうしようもないという曲が多いです。
どうしてもエキストラの力を借りなかればなりません。
今回もエキストラさん4人に協力をお願いしています。

ホントに打楽器メンバーのことを考えていかないと、です。

明日(5/20)の臨時練習会場は、
1階から3階まで楽器を運び上げないといけない場所です。
小物はいざ知らず、
大概の打楽器はエレベーターに載りません。
せめて、運搬要員としての勤めくらいは果たしたいと思います。

音もジャストミートで2012年5月17日

先日、テューバの音がよく合っていて、
とてもよく聞こえるという話を書きました。

テューバ奏者の二人と呑む機会がありまして、
「チカラを込めて吹くようなこと、してへんやろ?」
と確認したところ、
「そうですよ、力んでないですよ。軽く吹いてますよ」
と答えてもらいました。

やっぱり、私の想像は当たっていたんです。

バッティング(野球です)でも、
コンパクトなスイングでジャストミートすれば、
ヒットもホームランも生まれやすいもんです。
逆に、ギンギンに力んで大振りしても全然飛ばないんです。
「大型扇風機」、よく見ますなぁ。

「言うのは簡単やけど、こっちは大変なんやぞ!」
というプレイヤーズのお怒りも聞こえてきそうですが、
心掛けないことには何にも始まりません。
ひとつ、騙されてみませんかな?

マエストロ・フェネルのマーチ2012年5月16日

マエストロ・フレデリック・フェネルが指揮するマーチのCD。
イーストマン・ウィンド・アンサンブルのも、
東京佼成ウィンドオーケストラのも、
沢山持っています。

にもかかわらず、CDショップで、キングレコードから発売された
『星条旗よ永遠なれ~決定盤!アメリカン・マーチ名曲集』
『双頭の鷲の旗の下に~決定盤!ヨーロピアン・マーチ名曲集』
という佼成ウィンドとのコンビのアルバム2枚を見つけてしまいました。
「きっと、自分が持っている何かと一緒やろなぁ」と思いつつ、
ついつい衝動買い。

マエストロのマーチ集といえば、
ブレーンから発売された『マーチ・ワールドVol.1~5』っていうのがあって、
世界中の行進曲が網羅されているんじゃないかと思えるほど豊かな内容なのです。
演奏は佼成ウィンド。
1992年か1993年の録音だったと思いますが、
マエストロ&佼成ウィンド円熟期の素敵な演奏が楽しめます。

で、今回衝動買いした2枚、1984年9月の録音でした。
マエストロが佼成ウィンドの常任指揮者に就任したのがこの年の1月ですから、
コンビ結成後間もなくという時期の録音だったことになります。
きっとCDを所有しているに違いないと思っていましたが、
実は初めて聴く演奏だったのです。

聴いてみて、その「仕事の丁寧さ」にビックリしました。
いやいや、マエストロと佼成ウィンドの仕事はいつも丁寧ですよ。
それに輪をかけてのフレッシュさが感じられるのです。
新入社員のとても丁寧な仕事、あの感じに似ています。

マエストロ&佼成ウィンドに新入社員は失礼だったかな。
じゃあ、お付き合いし始めたばかりの恋人同士の初々しい感じ、
っていう例えはどうかな。

何にしても、とても素晴らしい衝動買いでした。

『ももへの手紙』を観る2012年5月15日

MOVIX京都のホームページを覗いたら
アニメーション映画『ももへの手紙』が今週いっぱいで終了予定となっていたので、
そりゃ行っとかなあかんな、
ということで行ってきました。
(他の映画館や他府県の予定は存じ上げませんが…)

いや、その~、ええ歳してアニメもないやろ、と思わなくもないのですが、
『宇宙戦艦ヤマト2199』ほどではないにしても、
気になる作品ではあります。
仕事で、いわゆる30分ものの「ナビ番組」をプレビューしたということもあり、
映画館でちゃんと観ておこうと思っていたのでした。

ビックリしたのは、劇場に子供さんが全くいなかったことです。
平日ということもあるとは思いますが、
それにしても年配の方々が多いのです。
46歳の私が、この会場にいる人々の平均年齢より下だったに違いないのです。
「大人が観る映画なんやなぁ」と感じ入りました。

急に話が変わりますが、吹奏楽のコンサートというと、
中学生や高校生が沢山聴きに行って会場を占拠しているというイメージがかつてあったのですが、
東京佼成ウィンドオーケストラの定期演奏会を東京まで聴きに行っていた頃、
そのイメージがガラッと変わったのを思い出します。
もちろん中高生もいるのですが、
それより圧倒的に年配の方々が多く、
開演前や休憩中にワインなどを楽しみ、
そして演奏を楽しむ姿をよく目にしたものです。
明らかに「大人の演奏会」という雰囲気でした。

さて、『ももへの手紙』ですが、
ストーリーとしては充分に予想のつく展開であり、
さして目新しいものではないと思います。
が、目新しくなければダメかというと、そんなことは全くなく、
名画であることは間違いありません。
そして、充分に予想のつくラストでありながら、
予想通りハンカチがえらいことになってしまったのでした。

この映画で最も感銘を受けたこと、
それは「仕事が丁寧!」であることです。
キャラクターも背景も作画が丁寧。
声の出演の方々の演技が丁寧。
もちろん演者の方々への監督の演出も丁寧。
音楽も必要最小限にとどめていて、出てくるところは丁寧。
音響効果も丁寧。
ハラボーの主題歌も心がこもっていて丁寧。

工芸作品なんかでも、
仕事が丁寧なのは観ていて清々しいものですが、
そんな気持ちよさを感じさせてくれる映画でした。

音楽の病2012年5月14日

過去の「せせコン」について調べる過程で、
「音楽の病」のカセットテープが出てきました。

えっ、音楽の病って、何?
と思われる方ばかりでしょうね。
「団員の声」No.60にカサハラカツミ君が書いてくれていますが、
彼がステマネをしてくれた伝説の演奏会の名前です。
順を追ってお話ししてまいりますね。

※※※

1988年に第3回せせコンを開催した後、
堀川吹奏楽団(当時の吹奏楽団せせらぎの名称)は深刻な楽団員不足に陥りました。
それまでもエキストラの方々に沢山お出で願わないことには演奏会を開催できませんでしたが、
もはや楽団運営そのものができないんじゃないかというくらい、
人がいなくなってしまったのです。

にもかかわらず、1989年7月9日(日)の京都こども文化会館の予約だけはしてある。
どうしよう?ということで、
京都府職域一般吹奏楽連盟所属の仲良し4楽団に声をかけ、
合同で演奏会をやりませんか、会場だけは既に押さえてありますし、
ってことになったんです。

その演奏会の名前が「音楽の病」。
病膏肓(やまいこうこう)なんて申しますが、
音楽という名の病に憑りつかれた阿呆どもが、
どうにもこうにも出来ない音楽熱に浮かされてやる演奏会、
っていうような意味合い。

仲良しというかお隣さんというか、その4楽団というのは、
成安吹奏楽団、
京都コンサートファミリー、
アンサンブルフォルテ
そして名前が思い出せない(ごめんなさい)もう1団体。
単独での演奏活動が難しかったので、
よく一緒に円山音楽堂で開催された「土曜コンサート」等に出演したりしていました。

合同バンドの名前は「いつもの合同バンド」。
はははっ、安直でしょ!?

勝手知ったる面々なので運営も練習も楽しく、
(って言っても、各楽団が個々に練習できるように楽譜を用意するのは大変でした)、
さすがに5楽団も揃うと人手が多く、
企画もどんどん進んでいきます。

まずかったのは、こども文化会館になんの断りも入れてなかったことです。
主催者が「堀川吹奏楽団」から「いつもの合同バンド」に変更となったので、
ちゃんとその旨、届け出ないといけないんです。
そんな訳で会館からこっぴどく叱られました。
本当なら使用罷りならずという処置が取られてもおかしくないところなんですが、
「若さ」に免じて許してもらった次第。
もし、活動歴30年弱である現在のせせらぎがこんなことやらかしたら、
とても許してもらえないでしょうな。
ええ大人が何やっとんねん、と。

さて、演奏会は2部制を採用しました。
第1部は京都コンサートファミリー(通称ファミコン)のカワムラさんに指揮していただき、
クラシックを演奏しました。
グラズノフの『秋』とか、
ボロディンの『ダッタン人の踊り』とかでした。

ポップス・ステージの第2部は私が振らせていただきました。

5楽団の中にドラムセットを叩くことができる人が3人いるので、
そんなら3人同時に叩いてもらおうぜ、ってことでやったのが、
ジャズの名曲『チュニジアの夜』トリプル・ドラム・バージョン。
まず、ヒナ段の中央にいるドラマーがリードしながら曲が進行して行き、
舞台両サイドから台車に載ったドラムを叩きながら残りの2人が登場してくるという企画で、
凄く盛り上がりました。

第2部取りの曲はレスピーギの『ローマの松』から“アッピア街道の松”。
ポップスなのになんで『ローマの松』っていうクラシックの大作なの?ってことですが、
演奏会のラストは盛り上がる曲にしよう、
5楽団でトランペット、トロンボーンが20人以上もいるから、
バンダ(別働隊)が必要な曲にしよう、
それやったらやっぱり“アッピア街道の松”しかないな、
ってな具合で決まりました。
そして、ドラムスにも参加してもらいました。
この曲ではシングル・ドラムですが。

これがホントに凄い凄い盛り上がりでした。
緞帳を下ろしても、拍手が鳴り止みません。
とても余力がないということでアンコール曲を用意していませんでしたが、
急遽もう一回“アッピア街道の松”を途中からやることにして、
緞帳を上げてもらいました。
2~3分続いたカーテンコールで緞帳をもう一度上げるなんて経験、
この時しかありません。
万雷の拍手の拍手に迎えられアンコール演奏した“アッピア街道の松”、
プレイヤーの皆さんの演奏も熱く、
舞台・客席一体となって演奏会を締めくくったのでした。

※※※

我が家のカセットデッキは壊滅しており、
もはや「音楽の病」のカセットテープを聴くことができません。
が、フルートのマキちゃんに頼めばCD化が可能と聞きました。
よし、頼んでみよっと。

そういえば、マキちゃんの兄上、ジュンイチ君はトランペット奏者で、
“アッピア街道の松”の5連符、ギンギンに吹いてたなぁ~

過去のせせコン2012年5月12日

「せせコン」って何?と思われた方、ごめんなさい。
毎年7月に開催する「せせらぎコンサート」のことなんです。
私はあんまり「せせコン」という縮め方はしなくて、
「定期」とか「定演」のほうがしっくりくるんですが、
殆んどの楽団員が使っている「せせコン」という言い方、
今回は乗っかってみました。

クラリネットのアオキ君が「団員の声」を広報担当に投稿する際、
「第9回せせらぎコンサートで
– Music for a festival (P. Sparke)
– 交響曲第3番(オルガンつき)第4楽章 (C. Saint-Saens)
なんかをやった気がします。」
という情報を寄せてくれたそうです。

これは、ホームページの「これまでの活動」で、
1996年の第9回せせコン以前の情報がないのを気遣って、
アオキ君自身の記憶をたどって寄せてくれた情報でした。
そもそも、せせらぎのホームページを立ち上げてくれたのがアオキ君。
過去の情報が欠落しているのに責任を感じたんでしょうな。
できるだけのことをしよう、と思ってくれたのでしょう。

で、私も過去の記録をひっくり返してみましたら、
第9回せせコンのプログラムが出てきました。
もっと古いプログラムも発掘(?)されましたし、
その他にもカセットテープが出てきたりしました。

いずれ広報担当が「これまでの活動」に反映してくれると思いますが、
私事で大変恐縮ながら(←いつものことやろ!)、
せせらぎ発足当初のことを書いてみたいと思います。

※※※

1984年、京都市立堀川高校の吹奏楽部OB・OGが「堀川吹奏楽団」を結成。
第1回のせせコンが開かれたのが1984年なのか1985年なのか、判然としません。
この時、まだ私は入団していませんでした。

1986年3月21日(金・春分の日)、第2回せせコン開催。
私はホルンのエキストラとして出演。
プログラムには、トランペットのカメボシ君の書いたメンバーの似顔絵イラストが載っています。
これがそっくり!
今見ても笑えます。

『ボイジャー』という曲で、
フェルマータの間に何らかの企画ものがあるんですが、
ステージ・マネージャーがキューを出すのをすっかり忘れ、
指揮者が下手袖に向かって小声で「おいっ、オイッ!」と気付かせようとするのですが、
フェルマータ中で聞こえる訳もなく、
ステマネはずっとあちらを向いたまま知らん顔で、
結局1分以上音を伸ばし続け、
何の企画ものも挟まらないまま曲が進行したという、
いわくつき(?)の本番でした。
当時、「世界一長いフェルマータ」として、
飲み会の格好のネタとなったのでありました。

1988年3月12日(土)、第3回せせコン開催。
第2回せせコン後に入団していた私は、
第3回せせコンの第1部ではホルンを吹きましたが、
第2部で指揮をしました。
指揮者デビューの演奏会でした。22歳。若い!

第2部1曲目の『トゥルース(フジTV F-1テーマ曲)』に、
張りぼてのF-1マシン、中嶋悟さんの乗るロータス・ホンダで登場。
約2ヶ月かけて、
三輪車やら金属製のデスクの脚やらをシャーシ(骨組み)にして、
ボール紙を貼り付け、
その上に模造紙を貼り付けて、
さらに黄色い絵の具を塗って仲間と作り上げたのでした。

いやー、懐かしい(←済みません。ひとりごとということで許してやってくださいな)

指揮者プロフィールには、
「宇宙戦艦ヤマトとロータス・ホンダをこよなく愛するセンチな青年である」
と書いてあります。
ははっ、笑けるなぁ~、
誰や、こんなコピー考えたんは?

スコアは友達だけれども…2012年5月10日

5/6(日)の全曲通し稽古。
音の間違いがないかどうか、
まずは基本中の基本を点検していくのが大事だなぁと思い、
スコアとの睨めっこが続きました。

お芝居に例えれば、台本と睨めっこしながら、
台詞が間違っていないか、ニュアンスがおかしくないか
の点検でしょうか。

が、これから、表現を掘り下げていく必要があります。
そのためには、私もスコアと睨めっこばかりしてはいられません。
ぼちぼち暗譜しないと…

5/6(日)に『プスタ』を振った際、
私が進行を間違えてしまいました。
奏者の皆さんが間違えないでくれたので崩壊せずに済みましたが、
進行を間違えるなんてのはもってのほか!
音楽が頭に入っていない証拠です。
やはり暗譜は必須です。

昨年はスパーク作曲『交響曲第1番』という大作と向き合ったので、
本番でスコアを手放すことができなかったのですが、
今年はどうしようかなぁ。
進行間違いなど犯さないよう、
やっぱり手元に置いておこうかなぁ。。
それともスコアなしで振ろうかなぁ。。。
指揮者用譜面台って、結構でかくて邪魔やしなぁ。。。。

その日のまえに2012年5月9日

7月のせせらぎコンサートで演奏する『エピソード ファイブ』。
5拍子を貫き通しているこの曲の作曲者、山下康介さん。
どっかで聞いたことあるよなぁ、どこだったかなぁ、
とずっと思いをめぐらしていたんですが、
今時はネットで簡単に調べが付くんですねぇ。
忘れてました。

で、調べてみましたら、
『その日のまえに』という映画の音楽を担当されていました。

4年前、急に腰が痛くなり、
これはどうも内臓がやばいぞ、ということになったんです。
どうやら肝臓と腎臓、肝心要がどうもマズイぞ、と。

この腰が痛くなった時期に観た映画が『その日のまえに』だったんです。
原作は重松清さん、監督は大林宣彦さん。
で、音楽が山下康介さん。

「その日」というのは、亡くなる日。
「俺の“その日”も近いのか…」
山下康介さんのジャジーな映画音楽を聴きながら、
なんともいえない感慨を胸に抱いたのが忘れられません。

それから半年、酒を断ち、なんとか持ち直しました。
『おくりびと』を3回も観に行くことができたくらいですから。
(もっと多かったかな?)

『エピソード ファイブ』を演奏するにあたり、
なんだか不思議なめぐり合いだなぁと感じ入っています。

テューバとホルン2012年5月8日

Tubaを「チューバ」と発音するのに、
文字にするときはなぜか「テューバ」ってことが多いんです。
不思議ですね。

さて、5/6(日)の通し稽古の日、
「テューバの皆さん、もっと静かにね」と、
静かな場面でやたらと注文を入れました。
しかし、これは悪いことではないんです。
テューバ奏者の音がよく合っていることの証左なんです。

トランペットとかトロンボーンとかを中心として、
金管楽器がガンガン鳴らす場面があるとしますね。
そこでクラリネットとかの木管楽器チームは、
細かい細かい音階を演奏したりすることが多いんです。
すると、木管楽器の人たちから、
「あんなに金管に吹かれたら、どうせ木管なんて聴こえへんし、オモロないわ」
というひがみが聞こえたり、
「よーし、金管に負けんように、こっちももっと吹くぞ」
とかいう負けん気が伝わってきたり。。。

しかし、悲観的になる必要も、対抗心を燃やす必要もないのです。
よく揃っているパートの音は、よく聴こえてくるんです。
より大きく吹こうとするより、
より揃えよう、合わせようとすることが肝要だと思います。

実際、こういうケースで、木管の音はよく通っていますよ。
私から、「大丈夫だよ」って、もっと伝えるべきですね。
すみません。。。
逆に、揃っていないトランペット、トロンボーンの音の抜けが悪い、
というケースのほうが多いと思います。
チカラじゃないんですね。
これもちゃんと伝えるべきですね。。。

さてさて、そのテューバ、ホントによく合ってました。
バス・クラリネットやバリトン・サックスとのマッチングも良かったです。
よく合った音で、強弱がより表現できると良いですね。

こういう話になると、やはりホルンについても語りたくなります。

ホルンに「音が大きすぎるよ」なんていう注文をつけることは滅多にありません。
それは事実です。
大きな音で吹くのはあまり得意じゃないというメンバーでやっています。
けれど、そのホルンが聞こえないかというと、
そんなことはない。
むしろ、よく聞こえるんです。
ホルンの音がよく合っている証左だと思います。
さらに付け加えると、音色が美しい。
これは凄いことだと思います。

というのも、高校時代の私は、
音色を良くするのと、
音を合わすのに必死だったものですから。

簡単なことじゃないんです、ホントに。

通し稽古2012年5月7日

5月6日(日)、遂に通し稽古の日がやってきました。
この日はいつものニューセンチュリースタジオから離れ、
JR花園駅の南側にある右京ふれあい文化会館での練習です。

午前中は、
7月の「せせらぎコンサート」第1部で演奏する4曲の練習です。
とにかくどの曲もアタマから演奏してもらいますが、
ここは何度か稽古したほうがいいなと思う箇所があればとめて、
小返ししていきます。

※※※

ところで、この「小返し」という言葉を私が使い出したのは、
勤務先のコマイ先輩が使っていらっしゃったのを真似しだしてからです。

10年以上前、私がラジオのディレクターをしていた頃、
コマイさんは音声担当で、よく私の担当番組に就いてくれました。
外録といって、社外に出掛けて録音する仕事も殆んど一緒で、
日帰りのこともあれば出張で泊りがけというケースも多く、
まさに同じ釜の飯を食った感があり、
今でも社内で最も馬が合う先輩です。

音楽を録音する仕事のとき、
「通し稽古を聴かせてもらうのもいいけど、
リハーサルで小返ししてはるのを聴くと、
強調したいポイントがわかってとても勉強になる」
というような言い回しで「小返し」という言葉を使っておられました。

以来、何気なしに「小返し」と言ってきたのですが、
今日はちょいと広辞苑でこの言葉の意味を調べてみました。
1.軍勢の退却後、一部のものが引き返して戦うこと。
これじゃないですね。
2.演劇や稽古事で、未習熟の部分を繰り返し稽古すること。
これですな!

そういえば、コマイさんはドラマのカメラマンをしていた時期もあるので、
稽古関連の用語をよくご存知だったのでしょう。

※※※

第1部4曲目が終わったのが、ぴったり正午。
13時まで昼食休憩です。
練習場、ガラ~ンとしています。

そして第2部5曲の小返し。
15時10分くらいまでかかりました。

このあと、全曲を通し稽古しました。
私はよく「ぶっ通し」というのですが、
これまでの成果が出ているところもあれば、
まだまだ修行が足りないと思うところもあります。
いずれにせよ、やって良かったと思います。
足りないところ、あと2ヶ月弱、詰めていきましょう。