歩こう、歩こう~その22010年6月10日
6/6(日)朝~夕方、右京ふれあい文化会館での練習でした。
打楽器の皆さん、早朝から沢山の楽器運搬&セッティング、お疲れ様です。
にもかかわらず、夜勤明けで朝イチに着くことができず、済みません。
仕事終わり速攻で阪急梅田から特急に飛び乗り、
桂で準急に乗り換え、
次の西京極で降り、
タクシーで会館に着いたのは11時前でした。
折り畳み式ではなく、スコアが載る大きさの譜面台を抱えているので、
きっといろんな人に怪しい奴と思われていることでしょう。
(重たいですが、楽器ケースのほうが一般の方から見れば自然な姿でしょうな)
この日はプレイヤーの皆さん41人に集合いただきました。
エキストラでお願いしている方を合わせると42人。
私を含めると43人。
せせらぎキッズを含めると…
ありゃ、以外とキッズが少ないな、こりゃまた珍しい。
指揮者見習いの小林和真くんもお休みか、ちと寂しいな…
私の到着までに、実行委員長・近藤君自ら指揮してくれた2曲を含め、
全曲を合奏することができました。
ただし、この日は、数曲を除いて通していません。
細部を詰めておかないと勢いだけの演奏になる恐れを感じていたので、
小返しばっかりで進めさせていただきました。
(通してペース配分を掴みたい方には申し訳ござらぬ)
今年も打楽器パートへの負担が大きく、
曲の途中でかなり走り回ってもらわないとやり繰りつかない曲もあります。
例年だと、ヒナ段の最上段にティンパニ等の太鼓類を載せ、
下手側平地に鍵盤を配置するのですが、
とても無理なので今年は全打楽器を下手側平地に集め、
移動を容易にしてもらうことになりました。
今回の打楽器パートは5人出演してもらうのですが、
この日は仕事で来れない勝己君を除く4人の参加です。
勝己君は普段の金曜日には大概来れています。
逆に他の4人は平日の参加がなかなか厳しい状況が続いていました。
つい先日、夥しい打楽器群を5人でどうやり繰りするかの相談ができたばっかり。
この日はそれを試す機会と相成りました。
私はいつにも増してスコアを睨みっぱなしでした。
(cueが欲しいと思っておられた管楽器の方々にはごめんなさいね)
(でも考えてみたら、自分の出番は自分で責任持つの、当たり前ですわな)
(まあまあ、本番はちゃんと振りますさかい、ご心配なく)
それにしてもWood BlockとGuiroを同時演奏する野村さんやら、
Sus.Cym.のロールとMarimbaのグリッサンドを同時にこなす富永さんやら、
ChimesをレットリングさせてすぐにTam-tamをグワーンとやる朋ちゃんやら、
あんたら超人やな!
でもこれでは朋ちゃんがあまりに忙し過ぎるので、
助けに入ってくれることになった一幸さん、おおきに!
こんだけ頑張ってもらっても、なお人手が足りないので、
フルート・パートから安部さんに助っ人に来てもらって、
『龍馬伝』のChimesを演奏してもらうことになりました。
ホント急な話で、ごめんなさいね、そしてアリガトね。
こんだけ頑張ってもらっても、なお人手が足りないパート、
遂に諦めざるを得ないと判断しました。
もう、これ以上は無理しないで、今の動きを成熟させましょうな。
この日の合奏で嬉しかったのは、
『はぐれ刑事』の旋律をオーボエでプレイする中西さんから、
「どういう気持ちを入れて演奏したらいいの?」
と質問されたことです。
そやねんな、ホンマはそういう内面をどうしようかいな、
と相談しながら音造りしていきたいねんな。
所作を整えることに気がいきがちやけど、
やっぱり中身やねんな。
あぁ、ええ質問やった。
珍しく合奏の感想に力を入れて書きました。
自分でも意外!
『歩こう、歩こう~その2』は…
はい、ここからですねん。
(→えらい長いなぁ。もっと短くならへんのかい!)
帰路、天神川通りを歩いていると、
「乗って行きますぅ~」と、サヤちゃんとアサちゃんに声を掛けられました。
(→なかなか素敵な車やんかいな)
「アリガトな。でも地下鉄の太秦天神川駅、すぐそこやさかい」
言うて、ご辞退させていただきました。
つい、そんな風に口走ってしまいましたが、実は、
御池通が三条通に合流する嵐電天神川から、蚕ノ社、太秦広隆寺と歩き、
太秦広隆寺~帷子ノ辻の「大映通り商店街」を歩きに行ったのでした。
松竹と立命館大学が協力して作り上げた映画『京都太秦物語』の舞台が「大映通り商店街」。
他にも出町柳とか高島屋とか車折神社とかも舞台となるんですが、
全く行ったことのないこの商店街を、ぶらっとしてみたかったのです。
ちょうど右京ふれあい文化会館から近いし。
しかし、歩いてみて気付きました。
中学時代に来たことがあります。
いや、しょっちゅう来ていました。
太秦中学校や蜂ヶ岡中学校は、吹奏楽の合同練習の会場としてよく使われたからです。
それにしても太秦中学校は大映撮影所の跡地に建っていたとは…
これは初めて知りました。
いやはや、感慨深いものがあります。
ちなみに、松竹の京都撮影所は帷子ノ辻のすぐ近くにあるんですね、
現役スタジオとして。
これも初めて知りました。
三条通をちょこっと入っただけの所なのに、全く分からないもんですな。
帷子ノ辻から北野白梅町まで嵐電に乗り、
衣笠~西陣~出町とまた歩いて帰りました。
17141歩でした。
いや~、歩いた歩いた。