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演奏会が近づくと、
楽譜を必死に、しかもハイ・スピードでさらう人。
ちょくちょく見かけますわな。
試験前の一夜漬けに似た感じがしますな。
そもそも準備が遅いことが問題だと思いますが、
それでもそないに必死にハイ・ペースで稽古して大丈夫かな?
と思ったりするのです。
何か、焦る気持ちを満足させているだけで、
本当の意味での練習になっているのかな?
身についているのかな?
と心配になってくるのです。
私はプレイヤーをやめて久しいですが、
ただひたすら量をこなして満足していたのは中学時代。
同じ練習方法では通用しないことが分かった高校時代、
「量から質」への切り替えが必要でした。
ちょっと練習しては立ち止まり、
反省点がどこにあったか考え、
もう一度さらう。
ホルンの先生に習いに行っただけではなく、
高校の恩師の教えに従い、
練習の際の意識を変えて行ったのも、
自分自身の成長に繋がったように思います。
最近では指揮のための体作り、
というよりこれ以上衰えないように気をつけた運動を定期的にこなしていますが、
若い頃のように一気に体を動かすことは危険です。
なので休憩を挟みながら体を動かすのですが、
この、休憩って奴が大切だなぁと実感します。
体を休めつつ、
どこの動きが悪いか分析する、
いい時間なのです。
そして、もう一度動く。
休憩後ってのは、意外と負荷もかかる。
きっと効果も上がっているのだと思っています。
2012年のF1GPが、日本にやってきた。
10月7日(日)の決勝を目指し、
鈴鹿サーキットはグランプリ・ウィークを迎えた。
10月6日(土)、
小林可夢偉選手は予選4番手につけた。
予選3番手のジェンソン・バトン選手が5グリッド降格のペナルティを受けたため、
決勝では3番グリッドからのスタートである。
※※※
思えば、なぜ私はF1にはまったのだろうか?
それは、大袈裟に言えばF1に人生を見たからである。
1987年、ホンダがエンジン・サプライヤーとして初めて世界一となった年。
ウィリアムズ・ホンダを駆るブラジル人ドライバー、ネルソン・ピケは、
怪我の影響もあり、なかなか優勝できなかった。
確か、年間3勝でワールド・チャンピオンになったと思う。
でも、負けなかった。
崩れなかった。
決して下位に沈むようなことはなく、
こつこつとポイントを重ねていった。
そんな印象が強い。
ネルソン・ピケのそんな生き様は、
私に多大なる影響を与えた。
当時、毎週のようにせせらぎで麻雀をしていた。
F1じゃないんだけれど、
毎週の成績を記録し、
誰が年間チャンピオンを獲得するか争っていた。
F1と麻雀はとても似ていた。
刹那的に勝つだけでは駄目なのである。
調子が悪いときでも、
こつこつと負けない試合を積み上げないと、
年間を通じでの勝利を掴み取ることはできない。
私が年間チャンピオンになることはなかったが…
1988年、マクラーレン・ホンダを駆るアイルトン・セナが、
鈴鹿でワールド・チャンピオンになった。
私の目の前で、である。
車の運転をやめてしまった私ではあるが、
今でもF1は私の近くにあると思っている。
ピケやセナの思い出とともに…
※※※
10月7日(日)、決勝。
今年の中継番組は午後9時からの放送だ。
『平清盛』を見たあと、
F1中継に見入る。
小林可夢偉選手は、
ジェンソン・バトン選手の追い上げをかわし、
3位でフィニッシュ!
遂に初めての表彰台に立った!
可夢偉選手と同じザウバー・チームのペレス選手は、
今年既に3度も表彰台に上がっているから、
やっと初表彰台の可夢偉選手は水をあけられている感がある。
しかもペレス選手は、来年、
名門マクラーレン・チームへの移籍が決まっている。
でも、それはそれだ。
とにかく母国グランプリでの表彰台は格別である。
感動した!
久しぶりに泣いた。
気楽にCDを聴くことができるように
卓上型CDプレーヤーを買って3年くらいになるかな。
ホントに気楽に、
本を読みながら、
映画のパンフを読みながら聴くようになりました。
時には体操をしながら、
つまりデスクについていない時でも、気楽に、気楽に。
これを聴く!と決めて聴くことは稀で、
手持ちのCDを何も考えずに、
ラックに並んでいる順番に聴いていきます。
すると、今日出会ったのは、
バート・バカラックのCDでした。
バート・バカラックは、アメリカのポップス作曲家。
数多くのヒット曲を生み出してきました。
力が抜けて洒落た作風が大好きで、
時々聴きたくなる作曲家です。
このCDには18曲入っているのですが、
特に思い入れの強い3曲について、
ちょっと書いてみたいと思います。
『雨にぬれても』
高校1年生になってすぐに吹いた曲のうちの一つ。
吹奏楽に編曲されたこの曲には、
ホルンにとって難しい合いの手が書いてあり、
なかなか大変でした。
でも、チャーミングで大好きな一曲です。
『アルフィー』
イギリスのアビー・ロード・スタジオを特集したテレビ番組だったと思いますが、
シラ・ブラック(女性歌手)がカヴァーしたこの曲を聴き、
その魅力にはまってしまいました。
吹奏楽版はフリューゲル・ホルンのソロをフューチャーした編曲。
今から10年くらい前に、
せせらぎで演奏しました。
『プロミセス、プロミセス』
5拍子を多用した面白い曲。
中学2年生のとき、ビッグ・バンド・フェスティヴァルで
中学合同バンドが演奏しました。
でも、私はそこには選抜されず、
「ああ、俺もこの曲演奏したいなぁ」
と指をくわえていたのを思い出すなぁ。
短期間で演奏会の準備をするのって、
ホントに大変ですな。
最近の合奏練習は、
曲のアタマからやって、
気になるところがあったら止めて稽古し、
またそこから全体で通していき、
これでよいな、と思ったら次の曲へ。
これまでなら、小返しを踏まえて、
もう一度通してみよう、
というスタイルでしたが、
とても追いつかないのでこんな風にやってます。
かと言って、
合奏が雑になっているかといえば、
そんなことはないと思います。
短時間集中型の良い練習が積めていると思います。
ただ、通して確認というのがなかなかできないので、
プレイヤー諸氏には不安があるかも知れませんな。
やっぱりこんな時に大切なのが、
普段から曲を思い浮かべておく、
イメージ・トレーニングなんだと思いますよ。
私の場合は「鼻歌練習法」ですが。
だと言って、
自動車や自転車に乗りながらのイメージ・トレーニングは要注意!
安全運転第一でいきましょう。
あご2012年10月4日
中学生になって吹奏楽部に入って、
特にこの楽器がやりたい!っていうのがあった訳じゃありません。
「ホルンはどうや?」
と勧められるままに、
ホルンの練習を始めただけのことでした。
炎天下でマウスピースを吹いていて
日射病にやられたりしながらも、
約一ヶ月で合奏に参加できるようになりました。
多くの二軍選手を尻目に
夏のコンクールにも中一で出演したのでした。
このままホルン吹きとして順調に成長できたかと言えば、
そうではありませんでした。
ホルンの上級生のN先輩がコルネットにコンバートされ、
中学一年の後半にはファースト・ホルン、つまり高音域を任されるようになり、
奏法が狂い始めたのでした。
基礎ができていない状態で高い音を吹くのは、
それがまた中学生という右も左も分からない奴が吹くのは、
実は危険極まりないのです。
私の場合、
下唇が全く使えない奏法となってしまいました。
無理やり高い音を吹くようになったためでした。
トランペットもホルンも同じなのですが、
金管楽器というのは、
上下の唇の振動を楽器に伝えて発音しています。
「上」と「下」です。
その片方が使いきれていない…
これではいい音が出せる訳がありません。
(もちろん、イチロー選手のように、
型にはまらないで凄い成績を残す人もいますが、
多くの凡人は基礎を踏まえないとそんなことはできないのです)
中学時代はなんとかごまかせたものの、
高校ではそうはいきませんでした。
楽曲中に高音が出てくるのは仕方ないとしても、
普段の練習では高い音を吹くことを禁じられました。
ひたすら中低音域のロングトーンを繰り返す日々でした。
それはそれは暗い毎日でしたな。
高校の先生に紹介してもらったホルンの先生に習いにも行きました。
その先生の教えは、
「ロングトーンばかりではダメ。
アンブシュア(簡単にいうと唇のフォーム)を安定させながら、
音階練習、
分散和音の練習を積み上げるのが大切。
それを毎日続けて、
やっと半年で効果があらわれるかどうかっていう世界やで」
管楽器の肝は、
もちろん腹式呼吸です。
それに加えて、
先生の教えは「あご」の強化でした。
その練習法が上記の音階練習、分散和音の練習です。
とにかく先生の言葉を信じて、
半年間、音階練習と分散和音の練習に明け暮れました。
すると不思議なことに、
巻き込んで使い切れていなかった下唇はしっかりとあごに支えられるようになり、
音色も改善され、
スタミナもつき、
自身を持ってホルンを吹けるように体質改善されたのでした。
※※※
せせらぎで合奏しながら、
チラチラっと皆さんの奏法を観察しています。
やっぱり長年続けてこられた方は、
あごがしっかりしているな、と感じます。
これ、かなり大切な肝だと思いますゾ。
《オーボエ奏者が打楽器に挑戦する!》
オーボエという楽器はデリケートで、
野外演奏で用いるのは憚られます。
そんな時、オーボエ奏者は何をするのでしょうか?
裏方?
司会?
いろいろあるでしょうが、
打楽器のお手伝いをするというケースもあると思います。
「バンビオ・ライブ」では、
せせらぎのオーボエ奏者が打楽器に挑戦します。
オーボエ奏者のNさんは、
打楽器正規プレイヤーのK君がいない時でも、
打楽器を倉庫から出し入れし、
組み立て・バラシもできるようになっています。
ビックリしました!
※※※
《バス・クラリネット奏者が2nd.テナー・サックスの楽譜を演奏する!》
もともとバス・クラリネットの楽譜がない曲。
でもテナー・サックスに2つのパートが書かれている曲。
↓
バス・クラリネット奏者はちゃんといてくれるのですが、
テナー・サックス奏者は1人しかいない。
=
バス・クラリネット奏者に2nd.テナー・サックスの楽譜を吹いてもらおう!
バス・クラリネットとテナー・サックスの音域が似ているからという、
安直な発想です。
済みません。
でも、意外と面白いかも知れませんゾ。
Yさん、よろしゅう!
※※※
《アルト・クラリネット奏者がB♭クラリネットを演奏する!》
もともとB♭クラリネット(普通のクラリネットと思ってください)奏者だったKさん。
アルト・クラリネット(普通のクラリネットより大きい)の中音域の魅力にはまり、
すっかりアルト・クラリネットの専門家となりました。
(ちなみに先述のバス・クラリネットは、アルト・クラリネットよりもさらに大きい)
が、「バンビオ・ライブ」の選曲では、
アルト・クラリネットが編成されていない曲が割りと多いこと、
B♭クラリネットの出演人数が少なめになってしまったことを考慮し、
一時的にB♭クラリネットに戻ることになりました。
「なんか、違和感あるゥ~」
と言っていましたが、
私はそんな風には思わへんかったけどなァ~
そないに心配せんでもええでしょうな。
※※※
「普段やらないことをやってみる」
というより、
「普段やらないことをやらざるをえない」
というのが実情かも知れません。
でも、とにかくチャレンジいたします。
「みちのく一人旅」してしまうような奴やのに、
15年ほど前までは出不精だった私。
ところが、ラジオのディレクターをやりはじめ、
毎日のように取材に出歩くようになってからは、
とにかく外出しないと落ち着かなくなりました。
きっと本来の自分が覚醒(←大袈裟な…)したのでしょう。
不思議なもんです。
日帰りで取材できないところへ行くとなると、
もちろん取材旅行となる訳ですな。
ウキウキしながら時刻表をめくるのです。
(あれ?そういえば、子供の頃も時刻表が好きだったよな)
気持ちいい季節がもうすぐそこだと思うと、
旅に出たくて仕方なくなります。
かつては温泉も嫌いでした。
寛ぎに行く筈なのに、
行きと帰りで疲れてしまうからです。
でも今は、それも含めて、
温泉はやっぱりいい。
こんな奴だから、
そもそも風呂が嫌いでした。
それが今ではお風呂につかりながら、
「ああ、○○温泉、良かったよなぁ~」
などと妄想してしまうのであります。
変な奴です。
藤沢周平原作、
山田洋次監督、
映画『たそがれ清兵衛』に打ちのめされて(感動して)以来、
藤沢周平作品が映画化されれば必ず観てきました。
が、文学作品そのものを全く読んでおらず、
これではいかんと一念発起して読み始めたのが3年位前だったでしょうか。
何も考えず、
とにかく新潮文庫に収められている作品を順番に読んできましたが、
読破まであと3~4冊というところまで来ました。
(ただし、新潮文庫に藤沢周平作品の全てが収められている訳ではないと思うので、
あくまでも新潮文庫所収の藤沢周平作品の読破に近づいているということですが)
今読んでいるのは『ふるさとへ廻る六部は』という本。
とにかく何も考えず順番に読んでいるので、
事前情報というのが全くありません。
藤沢周平=時代小説と思い込んでいたのですが、
この本はエッセイ集だったのです。
ちょっとした驚きがありました。
その中の『二月の声』というエッセイを読みました。
山形出身の藤沢周平さんにとり、
二月は「いったいいつまで寒さ、暗さが続くのだろうか」
と思わせる季節だそうです。
それが東京・上野に夜行列車で出てきたある二月、
もうそこには春の気配が感じられショックを受けたという件があります。
思えば、私の少年時代、
京都もしっかり寒かったと思います。
二月は特に盆地特有の底冷えに凍えたし、
よく雪も降り積もりました。
授業をやめて京都御苑で雪合戦させてくれた先生のことなど、
懐かしく思い出します。
しかし、最近の冬はそんなに寒く感じません。
二月なのにこんなに暖かくていいのか、
と思わせるような日もあります。
九月が終わろうとしていますが、
いったい、いつまで暑さが続くのでしょうか。
新曲を初見で合奏する、
しかもアップ・テンポな曲だったとしましょう。
大概、突っ走ってしまいます。
音量もどんどん上がります。
余裕がなくなるんですな。
高校時代の恩師の教えは、
とにかくゆっくり練習すること。
先生の指定は時に信じられないくらい遅かったりするんですが、
そのおかげでいろんなことに神経が回るようになるのです。
音程であったり、
音色であったり、
演奏姿勢であったり。
ピアノの先生の教えは、
何か一つをやめてみること。
例えば、短いフレーズだけでも楽譜を見るのをやめるのです。
(もちろんそのフレーズは覚えます)
そして指先をしっかり観察すると、
フィンガリングの欠点が見えてきたりするのです。
どちらの先生の教えも、
余裕なく、
そして工夫なく、
ただ必死にやるだけでは効果が上がらないよ、
と言ってくれているように思います。
すこーし力を抜いて自分自身を俯瞰するように観察すること、
大切だなぁと思います。
入社2年目だったか3年目だったか…
「金曜日の夜は楽団の練習があるから、
そこだけは夜勤をはずしてもらえませんか?
他の曜日ならいつでも泊りさせてもらいますので…」
と申し出ていたにもかかわらず、
金曜日の夜勤がシフトに組まれました。
勤務デスクの意地悪だったのか…
いやいや、入社したての新人は、
いろんな曜日を経験すべきだということだったのでしょう。
そう思うことにします。
臨時練習の日曜日にしか合奏に参加できない日々が約1年続きました。
練習に参加できなくて辛い、
というより、
合奏の進み具合がわからなくてイライラする、
そんな日々でした。
が、この夜勤をしたことで出会うことができたものがあるのです。
『小さな旅と美術館』という、
土曜日の朝7時30分~8時に放送していたテレビ番組がそれです。
普段はフランスに住んでいる日本人とフランス人のハーフの女の子が
父か母かの祖国・日本の美術館巡りをする。
ただそれだけの番組なんですが、
なんだかとってもホッとする名番組だったのです。
岩田英憲さんのパンの笛(パンフルート)とオーケストラを組み合わせた
丸山和範さんの音楽もとっても素敵。
今でもいろんな番組で使われています。
もともと『小さな旅と美術館』用の曲と知らずに聴いている方も多いと思います。
久しぶりにCDをひっぱり出してきて聴きました。
癒されました。
人知れず、
自分だけの宝物になっている何がしか、
あるもんですねぇ~
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